
写真は、向かって左・前田咲二先生と嶋澤喜八郎さん。第67回大阪川柳大会で、あきこが撮らせていただいた写真。ブログ掲載は2015年10月1日。
これからも、お二人のことは記憶にある限り書いてゆくことだろう。お二人ともにあきこの句を高く評価していただき、もったいなくもありがたいことだった。私が逝く日までお二人のことを忘れることはない。ちなみに、故・日野愿さんは喜八郎さんのお友だち。
ところで。じつは前田家のお墓が横浜に移されたことまでは分かっているのだが、ご遺族がその場所を明かしてくださらないようなのね。歩けるうちに、杖を突きながらでも先生のお墓参りをさせていただきたいのだが、なんとかならないものだろうか。喜八郎さんのお墓参りもさせていただきたいので、こちらは今日明日にも息子さんに電話でお願いしてみようと考えている。
前田先生からは「あきにゃん」、喜八郎さんからは「あきこさん」と、上の写真を見るたびにお二人のお声が聞こえてくる。たいせつな、たいせつなお二人との思い出を反芻しながら、あとどれほど生きていくことだろう。愿さんをふくめサムライお三人とのあの世での再会を楽しみに。次回は、喜八郎さんの50句。
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島澤喜八郎さん逝去ですか。
かつて拙句集を、あきこさん経由で進呈したをりに、
いかにも喜八郎さんらしい、お心のこもつた文面の
感想書簡をいただきました。
氏の川柳は、老生にも解る詠みぶりでした。 板坂壽一
板坂壽一さま
ほかの人とはひと味違う文芸川柳を詠んでおられました。
ファンも多かったのではないかと思います。
「あきこさんが(瓦版の)会長になるなら、支える」と言っていただいたのですが。
喜八郎さんに句会大会で秀句にとっていただいた句はとても多いのですが、それものちほどアップ。
よみうり時事川柳の選者として、せめて一年でも活躍していただきたかった。
まあ、あの世でもご一緒に句会を開き、批評しあって楽しみたいものですね。