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慟哭の城に寄り添うウチナーンチュ
  京都府 藤田 昌子
 〈評〉「ウチナーンチュ」は沖縄の言葉で「沖縄人」のこと。焼失した首里城を「慟哭の城」として、「寄り添う」に沖縄の人々の深い喪失感を詠み込む。
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 上記は、2020年1月28日付 しんぶん赤旗「読者の文芸」欄掲載の句と評。まるで昨日のことのように思い出す。このとき、すぐに駆けつけたいと思ったことも。沖縄は、どこかわたしのタマシイとつながるところのある地なのだ。

 沖縄でマブイというと、これは魂のこと。沖縄の民間信仰では、マブイが人の体内に宿り、いのちや精神活動をつかさどっていると考えられてきたというのね。驚いたり、ショックなことが起きた瞬間、マブイが体内から離れると考えられているのね。抜け落ちたマブイを体内に込める事をマブイグミ(魂込め)という。マブイは落としたらすぐに取り戻さなければ病気や不運が続くと言われているのね。落とした場所でマブイグミを行う。(マブイグミは、魔よけや、線香などを用意、マブイを落とした場所に身内が出向いて拝みの言葉を唱える。寝巻きにマブイを乗せて持ち帰り、その寝巻きを本人に着せて、魔よけを頭の上で廻したり、塩を頭にすり込んだりして、額や背中をトントンとたたくとマブイが戻るという。)

 沖縄本島は祖先崇拝の盛んな土地として知られているのね。氏祖は村落の守護神とされる。折口信夫「琉球の宗教」によれば、琉球では自分の祖先でも死後七代目には必ず神になると信じられていたと述べているのね。

 さらに「琉球の宗教」によれば、琉球では人が死ぬと屍体を洞窟の中に投げ込んで、その口を石で固めてその隙間を塗りこむ風習があったが、七代経つと屍体を入れるのをやめて別の場所に新墓所を設け、それまで屍体を入れていた洞窟を「神墓(くりばか)」と称する。「神墓」は「拝所(をがん)」となり、時代を経るに従って他の人々も拝するようになる、と琉球では祖霊が神になることを紹介しているのね。

 死生観として、魂は神のいる異界より来て、死んでまたそこへ帰り、守護神となって集落へ還ってくると考える。このため祖霊を非常に敬い、死後の世界を後生(グソー)と称して、非常に現世や生者と近しいものとしてとらえているのだと。あきこの川柳は、生者(あきこ)と死者の関係、さらに、この世とあの世を近しいものとして詠んでいることが多いのだが、このことも沖縄に親近感を感じる理由の一つかも知れない。

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⦅3121⦆沖縄・首里城を思う‥《慟哭の城に寄り添うウチナーンチュ》(藤田 昌子)”にコメントをどうぞ

  1. 勢藤 潤 on 2022年10月11日 at 6:19 AM :

    2019年の10月にクルーズで那覇に立ち寄り首里城に行ってきましたが、しばらくして消失したとのニュースに驚いたものです。特に予備知識もなく、ただの観光地のように訪れたように思います。

  2. たむら あきこ on 2022年10月11日 at 8:12 AM :

    勢藤 潤さま
    先の大戦で首里城も焼き尽くされたのね。
    戦後の再建、そして2019年の焼失。
    首里城は、沖縄の人々にとって、また日本にとってもたいせつな宝物。
    熊本城もたいへんなことになりましたが、少しずつ復旧しているようですし。
    吟行は、むしろこのようなときだからこそ、違うものが違う角度で詠めるかもしれないと思うのね。
    とにかく、しっかり調べ、また歩いてまいります。(*^^*)

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