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 ずいぶん古い、あきこの一文がでてきた。ファクス用紙に残ったものなので消えかかっているが、記してみる。よく考えると、これは前田咲二先生に頼まれて十三年ほど前の「川柳瓦版」誌に載った一文。松岡恭子氏からのファクスということは、印刷前のゲラをファクスで送っていただいたということだろう。
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   時事川柳と私                   たむらあきこ

 地元和歌山を出て、大阪や京都の幾つかの句会を行脚し始めて二年半程になる。
 「川柳瓦版」は時事川柳の専門結社ということもあり、私には向かないのではないかと最初は躊躇していたのだが、会長の熱心なお勧めもあり一昨年の十月から同人参加させて頂くことになった。
 私の句は現代川柳、それも〈心象句〉と言われてきた。だがそのような句ばかりを詠んでいて行き詰まるというか、狭い井戸の中でもがいているような気がしていたのも事実である。
 「川柳の幅が出てくるよ」との会長のお言葉で、「それでは時事川柳も詠んでみるか」ほどの気持ちで入らせて頂いたのである。
 時事川柳には、後の時代考証がなければ何のことかさっぱり解らない句が多い。僅かひと月前に詠んだ句が、作者ですら少し考えないと解らないことがあるという。それでは文芸としての価値に些かの疑問を抱かざるを得ないのではないかと考えた。
 風俗史など別の分野の学問の資料としての値打ちしかないと言う人もあり、時事川柳に本格的に取り組むことは柳人として躊躇するところがあるとも思った。
 ところが実際に「川柳瓦版」の句会に参加させて頂くと、そんな杞憂はあっさり吹き飛んでしまった。すぐに時事川柳の面白さ、魅力にはまってしまったのである。理由は柳人の時事の切り取り方、更には料理の仕方の巧みさにある。新聞などメディアの通り一遍の解説を文芸の力が超えるのである。今を生きる人間の体温の感じ取れる句を、句会でじかに聴いたからである。
 「川柳瓦版」の昨年十一月号に載っている互選一位の句を挙げよう。
 ぼんぼんからぼんぼんへまたぼんぼんか  壷内 半酔
 当然時間が経てばこの句も何のことか解らなくなる。しかし、この句は、三代に亘る首相の交代劇を庶民の眼から端的に諷刺して余すところがない。
 時事川柳の宿命として、句の命の短さは致し方がない。それも承知の上での時事川柳の魅力とは、人間社会の生々しい営為とそれに向き合う庶民の感情が、如何にもぴちぴちと句の中に息づいていることである。
 コンビニの棚に並んでいる政治  奥山 晴生
 この句は昨今の右顧左眄、迷走する政治の軽さを「コンビニの棚に並んでいる」と揶揄している。“時事川柳は鮮度が命である”と言われるが、このように詠めば少しは長く命が保てるだろう。そういうことも心掛けてこれからは句を詠んでいきたいと思う。
 新聞の紙面に時事川柳は不可欠である。時事川柳があるとつい読んでしまう。やはり文芸の力なのである。殺風景な散文の隙間のオアシスとして、紙面を締める寸鉄としてこれからも消えることはないだろう。
 先の時事川柳における課題については、いずれ先輩諸兄姉とじっくり話をしてみたいと思っている。
 「川柳瓦版」の昨年十二月号、句会入選句から好きな句を抜粋してみた。
 米国発ドミノ倒しになる地球  荒木宏太郎
 おでん種へらし不況に立ちむかう  浜田さつき
 たらい回しできない島の診療所  楠本 晃朗
 セレブには別の入口ある産科  中野 六助
 親と子の積み木くずしが終らない  和気 慶一
 振り込めサギに借金を申し込む  辻   葉
 庶民の本音のつぶやき、時事川柳の発展を願っている。〈私〉の川柳を右手に時事川柳を左手に、外部に向けて強く発信することの出来る柳人でありたいと考えている。

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