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海の上一めぐりして鳥渡る
冬晴の大磐盾の下を行く
炉話の父には言へず母に言ふ
河骨はあちらこちらにぱつぱつと黄
月の陣母恋ふことは許さるる
銀漢も泣けわが部下の骨拾ふ
勝つための屠蘇ありがたしうち酔ひぬ
動員の夜はしづかに牡丹雪
紙白く書き遺すべき手あたゝむ
干大根静かや家に別れんとす
冬海に泛び故国を離れたり
いくさ閑惜春なきにしもあらず
寒く暗く豪雨に腹も水漬き征く
焚火まづ豪雨にぬれし地図を干す
将校斥候秘してぞ行くも五月闇
緑蔭より銃眼嚇と吾を狙ふ
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下記は、前田咲二先生メモ

「熊野吟社」(俳句)編集(20歳)平松いとど(カマドの馬)
高浜虚子(カゴに乗って那智の階段をのぼる)ホトトギス、子規の弟子
父、芋仙さんはホトトギス 42歳で没(銀行員)  済(↽※先生への確認済み)

高浜虚子の写生 小五(12歳)から句会へ行っている 熊野吟社(俳誌「熊野」) 新宮市
…‥‥‥‥‥‥………‥‥‥‥‥‥………‥‥‥‥‥‥………‥‥‥‥‥‥……
 平松小いとどさんは平松いとどさんの息子なのね。昭和19年に27歳で戦死。小いとどさんが亡くなったあと、「熊野吟社」で前田先生は編集に携わられたということよね。Wikipediaで「平松小いとど」を検索すると「熊野吟社」もでてくる。二十歳頃の前田先生の俳句も残っていると思われるのね。つぎの『前田咲二千句』のあとがきにしたいので、そのあたりも調べてみたい。

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