下里は、前田咲二師の生まれ故郷である。同地に文豪佐藤春夫の墓(那智勝浦町立下里小学校横)があるのね。じつは、あきこの亡父は佐藤春夫の弟子の一人だった。生前の父の話に、下里に(佐藤春夫の)ご遺骨を運んだということがあったのね。うろ覚えだったが、先ごろ前田咲二先生のことばをあきこが聞き書きしたメモがでてきたことで、その内容から同地でのつながりが見えてきたのね。(写真:下里の墓地。ここに前田先生のご先祖のお墓もあった?)
下記は、メモ(再掲、ママ)から。一部省略。「スミ、済み、済」とあるのは、メモの内容に間違いがないか、口頭で先生のチェックを受けているのね。赤字は、メモの下里に関係する部分。前田先生の通われた二つの小学校も、いずれ訪れてみたい。(※:あきこ注)
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H.26.4.21 (※先生に確認⇁)スミH.27 7/21
高浜虚子、高野素十、阿波野青畝(俳人として尊敬)
佐藤佐太郎(歩道)(歌人として尊敬)
川柳は尊敬している人とくにない 好きな柳人、森中惠美子
60歳(よみうり時事川柳)で始める
中島弘風(番付表) 平成6年から番傘へ行きだす(平成8年から番付表)
東が西より上(3回〇〇横綱)
かたおかつとむ⇁物種ただのぶ(途中)
新宮中学(39回生)
S.18.12.1(江田島海軍兵学校)同期3,000人 同期生存率40,8%
下里(しもさと)生まれ(和歌山県東牟婁郡下里町)太田川川口(佐藤春夫の生家)1㎞くらい離れたところ
H.26.5.13
川柳家は皆同輩 中尾藻介の句が好き(さらっとして深い) 幻四郎も藻介が好き
小4からホトトギス(花鳥諷詠、自然を詠む)
時事(※川柳)も客観的に詠む 藻介の句に似通っている
佐藤佐太郎(短歌)ホトトギス的(歩道)にはいる S.35~S.40 大阪の歩道短歌会
(楽しかったこと) 兵学校の厳しさもまた楽し
(満十九歳から)母親ときょうだい三人を養った 姉、妹、弟(小5で交通事故死)チェックスミ H.27 10.21
T.15.10.15出生 和歌山 下里町(今は那智勝浦町)の自宅
本家(ほんや)隠居(2分家)
父は次男
姉 作自 妹 弟
(※父は)銀行員(M.32生)南海銀行 42歳没
(※作自が)中学生(新宮中学)のころ父逝去
母(看護師(※助産師))(田原に住んでいた)
父 軍隊(和歌山れん隊) 上等兵 (星三ツ)
小学校 6歳の頃 奈良県(河合)北山支店に転勤 父 糖尿 古座支店(小1~小4、古座小学校) 5年で新宮市、千穂(ちほ)小学校)
7/15
小 古座小学校4年まで 作自
剣道(新宮中学)5年間 14歳 初段まで
俳句 小4から
短歌 S.35年から(アララギ・斎藤茂吉)終戦後から短歌をしている
土屋文明の選
咲き満てる桃をくぐりて往き来する財産調査カードを開きて⇁はじめてアララギ入選
「熊野吟社」(俳句)編集(20歳)平松いとど(カマドの馬)
高浜虚子(カゴに乗って那智の階段をのぼる)ホトトギス、子規の弟子
父、芋仙さんはホトトギス 42歳で没(銀行員) 済(↽※先生への確認済み)
高浜虚子の写生 小五(12歳)から句会へ行っている 熊野吟社(俳誌「熊野」) 新宮市
佐藤春夫と郷里が同じ(下里) 今は なちかつうら町下里 済み(↽※先生への確認済み)
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