いわゆる文芸川柳が分かる人はどれほどおられるだろうかということをときどき思うのね。わたし自身、川柳を始めて一年ほどはまったく分からなかった。短歌や俳句はすぐに分かったのだが、川柳は「?」の状態が続いていたのね。20年ほど前のことである。
水泳のできる人ができない人を不思議に思うように、できてしまうと何ということもないようなことの一つかもしれない。いまは、どういう風に分からなかったかということを説明することさえできなくなっているのね。川柳と俳句はおなじ五七五の定型ながら、まったく違っていた。
川柳人にも、あきこの句が分からないと言われることがいまもたまにある。それは構わないのだが、まったく川柳を詠んだことのない方で、あきこの句を分かっていただける方もおられるのね。下記はそんなお一人と昨日交わしたメール(原文ママ)。
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Kさん:たむらあきこ氏の千句を友に、今日は最後の遺品整理に和歌山市への道中です。ここまで私を虜にする作家とは…魔力と弥勒(※魅力?)に昇華されし言の葉です
眼を労わりながら、川柳界の星として、此れからも生きて下さいね。お祈り致します。
あきこ:ありがとう 時間があれば電話してね またお茶でも
Kさん:遺品整理終わりましたが、〇〇宅から回って来た、〇〇氏の飼っていた猫の〇〇〇が待っているので、本日は直帰します。眼等労って下さいね
あきこ:無事に帰宅されましたか 〇〇〇を大切にしておられるようで、故人も喜んでおられると思います
Kさん:19時半に帰宅しました。お気遣い有り難うございました。
あきこ:お疲れだと思います ゆっくり休んでね
Kさん:有り難うございます。弟が田村さんに読んで頂けたらと言っていた散文等と私の作品のコピーお送りします。ご多忙中、恐縮ですがご意見頂けたら幸いです
たむらあき子千句まだありましたら、弟のX´masプレゼントにしようと思います。父は俳句を朝日新聞に母は60年短歌をやっていました。
あきこ:どうぞ送ってきてください 拝見いたします
Kさん:有り難うございます。詩作の邪魔にならない程度に宜しくお願い致します。御休みなさい。
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