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 17日のブログに写させていただいたエッセイ(川柳論)はよく分かった。ただ、そのあとの部分(2012/7/28に記された句の鑑賞文)が分からなかった。バックストローク大会での氏の披講は楽しみであり、特選句にどんな句を採られるかに会場の関心も集まっていたと思う。一昨年のバックストロークin名古屋大会では、「長袖を手首出てくるまでが夢 なかはられいこ」を採られた。この1句をいまも忘れない。
 句の『読み』を、2句を挙げて書いておられる。今回氏の『読み』は(少し無理をしなければ)私の理解の及ぶところではなかったが、最後の1文ということでもあり、やはりこれも続けて記させていただく。
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◆「ふたたび『読み』について」 完
   曳いてきた影はタイピストの時間           榊 陽子
  両足を残して消えていくらせん             榊 陽子

 小川洋子の『ひそやかな結晶』の、こんな作中小説を思い出す。
 指のうつくしいタイピスト講師を追うように、塔のらせん階段を登りつめた「私」は、壊れたタイプライターがうず高く積まれた一室に迷い込む。そして、カタカタと乾いたタイプライターの音にまじる、講師の指の美しさに魅せられたまま、行方知れずとなった女性たちのざわざわとした私語に戦慄させられる。
 一字一字をタイプしながら、世界を構築してゆく彼女たちだが、その世界はあくまでも他者の編み出したものなのだ。その意味で、「曳いてきた影」と「タイピストの時間」は二卵性双生児のように寄り添いながら交錯する。
 また「らせん」とは宇宙軸のようにはてしなくのびる螺旋階段と考えた。のぼるそばから、あるいは降りるそばから消えていき戻るすべはない。とうとう行先まで消えていき、両足をそろえた一段だけが残る。
 「曳いてきた影」「両足を残して」に現代特有の寄る辺なき危うい精神性が浮き彫りにされていて、この作品を高く評価した。
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 2句目がもし石部明氏本人の句であり、斜体部分が自句自解として書かれたものだったとしたら、予定調和的な句としてすんなりと腑に落ちる。「両足を残して」と、この世を去ることをそこはかとない前提として、病床につく自身に引き寄せて(榊氏の句を)読まれたのではないかとふと思った。(たむらあきこ)

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石部明氏… ここからが分からない”にコメントをどうぞ

  1. りょーみさすけ on 2013年1月18日 at 10:10 AM :

    【詩性川柳について石部明氏の意見】
    石部語り「昭和も50年の中頃、大衆性を曲解した「誰にでもよく分かる川柳」が、あたかも川柳のたった一つの正義のように喧伝された。『川柳は人間である』・『川柳は人間陶冶の詩』という、実は、よく分からない抽象的な言い回しで、それを鼓舞する時代でもあった。だがふところの深い指導者として定評のあった川上三太郎は違った。井上剣花坊の門下でありながら、剣花坊が『川柳王道論』に革新宣言したことによって、三太郎は剣花坊を離れ、翌年「川柳研究」の前身となる「国民川柳会」を創設する。以来、その骨太の意志は、伝統川柳に捧げることになるのだか、反面では「二刀流使い」と揶揄され、鶴彬などからきびしく指弾されながら、詩性川柳への関心を隠さなかった。それが、いま、時実新子を経て実を結んでいる」

    • あきこ on 2013年1月18日 at 7:30 PM :

      りょーみさすけさま
      川上三太郎、二刀流使い。我々は三刀流使いかも。
      いやいや、多刀流使い。少しずつ違う全国の大会におじゃまするのも、自分の幾つかの刀の切れ味を試しているんですよねー。(なんちゃって)
      『読み』を深めることが、作句とおなじくらい大切なことかと。
      美空ひばりのように七色の声で歌いたい。

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