Loading...Loading...

 先日田村ひろ子氏が句集を届けてくださった折、添えられていた石部明氏のエッセイ。現代川柳『ゆうゆう夢工房』というインターネット上のサイトがあるが、そこに投稿掲載されたもの。石部明氏の最後のエッセイということで、ここに一部を写させていただく。氏は昨年10月27日にご逝去。享年73歳だった。革新川柳のカリスマ。
… … … … … … … … … … … … … … … … … … … … … … … … …
◆「ふたたび『読み』について」①
 川柳は大衆文芸であることを理由に、「誰にでもよく解ること」が必須条件のように言われた時代があって、目の前の事実を事実のままに捉える狭い世界観に依存する平板な表現世界に取り残されてしまった。
 古川柳の時代には個人的で自由な視点から、日常的秩序や情愛、家族愛だけでなく、痛烈な批評、悪意、あざけりや冷やかし、あるいは背徳性など、およそ人間の持つあらゆる感情が、ごった煮のように川柳化されてきた。
 それがなぜ道徳や倫理、社会的規範や秩序を優先する日向水のような弛緩した形式になってしまったのだろうか。6大作家といわれた人たちの時代、彼らによって川柳はかつてない隆盛の時代を迎えたが、それは「誰にでもよく解る」と、川柳の門戸を広く開放することによって得た隆盛ではなかったか。
 他の文芸では何度か革新運動が繰り返され、その成果が現代に生かされているが、川柳の場合の革新を志す少数派の運動はついにさしたる成果を得ないまま消滅してしまった。そして「誰にでもよく解る」川柳とは一読明快、膝をたたいて頷く解りやすさが身上であって、想像力を働かせて、心の表現や精神性を読み解くことのない文芸として「読みの不毛」の時代がつづく。
‥ ‥ ‥ ‥ ‥ ‥ ‥ ‥ ‥ ‥ ‥ ‥ ‥ ‥ ‥ ‥ ‥ ‥ ‥ ‥ ‥ ‥ 
◆「ふたたび『読み』について」②
 ただ近年、自由でしなやかな発想によって川柳を捉えようとする人たちが増えはじめている。勿論、それはまだ少数に過ぎないが、作者がなにを意図しようとも、どれほど思いをかけようとも、それを言葉自体の躍動によって書き表さなければ、無意味に等しいという強い自覚が作品に表れはじめた。言葉で書くことによってしかこの世に出現しないものを、何とか表現しようとするものが詩であるという考えが、川柳にもようやく生まれてきたのである。
 それは同時に川柳が「私性」という新しい概念と向き合うことでもあったが、自分を書くことに馴れない川柳では、日常的な「私ごと」を書くことと「私性」を混同してしまったまま広く流通してしまった。
 川柳以上に、私性の文学として明確な概念を持つ短歌でも、時代とともに私性の見直しは何度も繰り返されたと聞く。ならば私性とは不変のものではなく、時代とともにその在り方、あるいはその思考に何らかの変化の生じるものだろうか。作品の中に頻りと「わが~」という言葉が出てくる寺山修司の場合の「私」とはどのようなものであったか。
‥ ‥ ‥ ‥ ‥ ‥ ‥ ‥ ‥ ‥ ‥ ‥ ‥ ‥ ‥ ‥ ‥ ‥ ‥ ‥ ‥ ‥ 
◆「ふたたび『読み』について」③
 父や母、そして故郷。ネフローゼという病。様々な人生模様や文学試行の中で形作られて寺山修司という混沌のなかから、寺山の代表的な論文の1つ「『私』とは誰か?」が生まれたという。その全文は紹介できないが、次の数行に寺山のいう「私性」の全てが語られていると言っても過言ではないだろう。
 「作品に、自らの名を記さねばならぬほどの自分個人の内的責任を負った文学作品が今日の文学を形成しているだろうか?」「作品はあくまで、作者の私有物と考える限り『私』性の文学としての短歌は、落書などよりさらにパブリシティ(公共性)を持ち得ない」という寺山は、現実の自己を述べるのではなく、自己を創作することによって、「私とはだれか」を問いつづけているのだ。
 作者の人柄や生活や環境に興味はなく、自己の思想や経験の報告でもなく、自らのうちに蓄積された思想、経験などのすべてをバネとする、自己もしくはそれに繋がる世界観を「私性」として読みたいと思っている私にとって、この「自己を創作する」という概念は興味深い。

ポストする LINEで送る ブックマーク
❤️ ひざポン
ありがとう!

気軽にポチっと
どうぞ(無記名)

石部明氏のエッセイ”にコメントをどうぞ

  1. りょーみさすけ on 2013年1月18日 at 9:29 AM :

    【石部明氏エピソード】
    森中恵美子選で石部明氏の特選になった句。
    「青空が見えてふたりは手をはなす」
    『川柳』という総合誌で、時実新子さんと森中恵美子さんの対談で、
    この特選句が話題になった。・・ここでそのエピソードにつながる。
    石部 「新子さんが、『手をつなぐ』なら平凡だが、『手をはなす』に意味がある、といった感じの読みをしてくださった。作った本人が「そうですか・・・」という感じでしたが、それでやめとけばよかったのに、礼状を書いたんです。なにせ私にとって新子さんは「カクシンのトキザネシンコ」ですから、「革新の最前線にいらっしゃる新子先生・・・」と書いた、これがいけなかった。
    新子さんの”革新嫌い”は、有名な話だそうですが、そんなこと知りませんしねえ。そんなことで、数年間、口もきいてもらえないという時代がありました」 ―以来10年間の断絶期があったそうだ。

    • あきこ on 2013年1月18日 at 7:49 PM :

      りょーみさすけさま
      はい。有名な話。
      革新といえば傍流という感がありますから。時実新子さんは「我こそが本流」と思っておられたのでしょうか。
      森中惠美子先生には、むかしの話をお聞きしておきたいですね。
      先輩たち、スゴイですもんねー。

  2. りょーみさすけ on 2013年1月21日 at 9:28 AM :

    森中惠美子先生とむかしの話をする。大賛成です。

    • あきこ on 2013年1月22日 at 2:00 AM :

      りょーみさすけさま
      はい。いろいろと聞かせていただきたいですねー。6日の瓦版の懇親会では「川柳を詠む人はみな友だち」とおっしゃっていましたよ。

コメントはこちらから

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

Post Navigation

Copyright All rights reserved. SHINYOKAN PUBLISHING illustration by Nakaoka.K