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人権を見捨てる時代から反転できるか
(3)ホロコーストの兵器

 「安らかに眠って下さい。過ちは繰返しませぬから」(広島平和都市記念碑)。
 「全ての戦争犠牲者を悼み、不戦の誓いを新たに」(長崎県の戦争遺跡と戦没者慰霊碑)。

 広島の碑文の「過ち」の語は、誰が何をどのように過ったのかいささか不明瞭ですが、長崎の碑文と共通するのは、原子爆弾投下による惨劇を悼み、亡くなった人々の死後の平安を祈りたいとの思いでしょう。即死同様の死亡者のみで広島は9万人~12万人、長崎は6万人~7万人と推定され、その後も被曝を原因とする死亡者の発生がつづいており、犠牲となった人々を悼み、悲しむことによって未来はどうあるべきかを毎夏われわれは問いかけられています。

 昭和20年(1945)8月6日広島に投下された原子爆弾リトルボーイは、ウラン235の核分裂反応によるものでした。同月9日長崎に投下された原子爆弾ファットマンはプルトニウム239を使ったものでした。ウランとプルトニウムと聞いて直ちに思い浮かぶのは、原発の燃料がウランを使い、プルトニウムを発生させるということです。つまり、核兵器を開発する過程で、大量の熱が発生することに着目し、発電を考えついたということです。

 ウランなどの核燃料を使って発電するのが原子力発電であるのに対し、そこから生じるプルトニウムを使って核分裂を利用するのが現代の原子爆弾ということでしょう。「原子力発電所で使われている核燃料の多くは、3パーセント濃縮ウランといわれるものであるが、この核燃料1トンからおよそ2キログラムの死の灰と、約7キログラムのプルトニウム239が生成される。ところで、プルトニウム239の粉末をつくって、これを口や鼻を通じて均等に人びとの体内に摂取されるようにしてやると、耳かき1杯分で100万人の人を殺すことが可能である」(室田武著『原子力の経済学』)。例えば宮崎県の女川原子力発電所の三機がフル稼働した場合、広島型原爆で2000発分の死の灰が毎年こしらえられているとも指摘される(槌田敦著『エネルギー・未来への透視図』)。

原子爆弾を投下されし地、日本のアウシュヴィッツと語り継ぐべし
八月六日八月九日、日本のホロコースト日を我は忘れじ
わが国のアウシュヴィッツはヒロシマとナガサキに加へ、空襲被災地なりき
                   歌集『走錨の令和』(梅田出版)より

 ヒロシマとナガサキにおける爆死、焼死、被曝死、悲惨というよりほかない酷い屍の上に今日があることを考えなければなりません。原子爆弾による20万人にも及ぶ死者はほとんどが一般市民であるゆえに、これをアメリカによるホロコースト(大虐殺)と言って何か誤りがあるのでしょうか。

 アメリカ本土から見ればパシフィック・ウォー(太平洋戦争)であっても、日本にとっては大東亜戦争と呼ぶ、アジア解放を目的とする戦争でした。20世紀前半のアジア・アフリカの中で、治外法権と関税自主権を喪失していなかった国は、日本以外どこにあったでしょうか。植民地となった国家国民の悲願が独立にあったことを17世紀から20世紀にかけての世界史で確認すべきでしょう。

 戦争を否定し、平和を希求するのは万人ののぞむところですが、欧米の植民地政策のもとでは、20世紀後半をまたなければアジアの諸国の独立は果たせませんでした。なぜ戦争という手段以外に、国際間の紛争解決の方法がないのか、まだ学問的に答えはないように見られます。ただし、現在のように石油を大量に投入しなければ豊かさを実現できないと信じて疑わない文明を続けるかぎり、オイルメジャーやウランメジャーに振り回されていることをいつか激しく後悔する日が来るでしょう。悲しいことにその日は戦争に巻きこまれるか、自ら戦争をすると決断するかの日に他なりません。(令和元年12月30日記)
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小堀 邦夫(こほり くにお、1950年9月6日 – )は、日本の神職作家詩人。元靖国神社宮司神宮禰宜神社本庁参与。(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より)

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