世界一周の基本定義は、地球上のある地点とその反対側となる地点の両方を通る、大きな円を描く経路だというのね。実際には、交通手段による制限などのためやや異なるだろうけれども。富裕層にとっては、19世紀にはじめて世界一周旅行が可能となったのね。その経路は、世界大戦時に大勢の兵士が輸送された経路でもあったというのね。
どんな旅にも始まりとなるきっかけがあると思う。こころの奥底に刻み込まれているその人だけの動機もあれば、たまたま誘われただけという些細なきっかけもあるだろう。どんな動機であっても、それが世界一周に結び付くことは一般人にとってはいまもあまり多くはないはず。世界一周への準備段階でもう一度前者の動機について考えることは、意味のあることにちがいない。実現するか否かはおいて、あきこのそれはやはり〈にんげん〉探求に結び付くこと、川柳探求に結び付くことである。
世界一周は多くの人々にとってはまだ大きな夢の実現である。富裕な人々(世界の富豪といったレベルの人々)にとっては、それがこれからは宇宙旅行となってくるのかも知れない。人間とは旅に夢を描く生きものである。世界一周の意味とは、人間の普遍的な夢を実現させるということに集約されるだろう。
足がよくないので、飛行機のタラップを昇り降りするにも時間がかかる。したがって、船による世界一周を考えたのね。もちろん吟行を目的とするもの。世界一周自体が夢ということではない。あきこの旅はつねに〈にんげん〉を考えるという旅なのね。世界の異空間に身を置くことでわたしの川柳に何を加えられるか、何が生まれるか。そういう夢につながっているからこその夢なのね。
昨今世界一周はブームになっている感がある。しかし、数か月家を空けるということはだれにとっても決心の要ること。加えて間違いなく時機もある。誘われた方が真剣になってしまい、誘った方を置いて旅立ってしまうという例もあるらしい。世界一周とはそれだけ魅力のあることなのである。何を見何を感じることで川柳が深くなるか、それは分からない。しかし、黙っていても旅はつねにわれわれに何かを与えてくれるのである。
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