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 「手のひらを太陽に」という歌がありますよね。かなり前からある童謡。いずみたく作曲。いまでもすぐにメロディーがでてくるほど、流行った。下記は、歌詞(一部)。

ぼくらはみんな 生きている / 生きているから 歌うんだ
ぼくらはみんな 生きている / 生きているから かなしいんだ
手のひらを太陽に すかしてみれば / まっかに流れる ぼくの血潮
ミミズだって オケラだって / アメンボだって
みんな みんな生きているんだ / 友だちなんだ

 22日の、捕獲後の脱走アミメニシキヘビの様子を見ながら思ったのね。一般にヘビは嫌われる。でも、このヘビはおとなしくかわいくて、たいせつに育てられたせいか、どこか嫌っていた人たちにも受け入れられるようなところがあったのね。

 動物には、人間から搾取されたり残虐な扱いを受けることなく、それぞれの本性にしたがって生きる権利があるとする考え方があるのね。生きる権利は人間だけのものではないはずなのね。そんなことを考えたことはあるだろうか。

 『死を食べる』(宮崎学、偕成社)とう写真集がある。表紙をめくると、扉にペットの墓地でお供えを横取りする野良猫。車にはねられた一匹のキツネにハエが飛んできて、目元や口の柔らかい部分にたかって卵を産みつける。スズメバチが肉を突っつきにくる。ハクビシンがきて、ウジを食べる。イノシシが残った肉を食う。キツネの死骸は、さまざまな生きものたちに食べ尽くされ、骨だけになる。酷薄な現実に、自然の摂理を読み取るカメラマンの眼があるのね。さまざまな動物たちの死骸が、生きものたちに食べられ、それぞれのいのちをつないでいく。「動物の目で環境を見る」シリーズの一冊なのね。

 死なない生きものは、いない。人間もまた死をいただいていのちをつなぐのね。死ぬと、その死は誰かに食べられる。死を食べて他の生きものがいのちをつなぐ。私たちは、動植物のいのちをいただかないと生きてはいけない。人間も動物なのね。おなじ動物が、牛や豚といった家畜を殺し、「うまい」「まずい」と食べている。食べものはいのちをつなぐもの。手を合わせて感謝の心で食べなくてはならない。共生の中に生(活)かされているのが私たち、このことを忘れてはならないだろう。

 脱走アミメニシキヘビの記事に多くのやさしいコメントが寄せられた。うっかり逃がしてしまった飼い主さんに対しても、その真摯な態度に非難する声よりもはげましの声が多かった。上記の歌詞「ミミズだって オケラだって / アメンボだって / みんな みんな生きているんだ / 友だちなんだ」、これは共生の思想なのね。脱走ヘビの顛末へのヤフーコメントを読んで、笑いながらなみだがでるのも、このことに感じるからではないだろうか。

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