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物思へば沢の蛍も我が身よりあくがれ出
(い)づるたまかとぞ見る
[] 物思いをしていると、沢を飛び交っている蛍の火も、自分の身から離れ、さまよい出た魂ではないかと見えたことだ。
[鑑賞]詞書(ことばがき)によると、男に忘れられたころ、貴船神社を参詣し川に飛ぶ蛍を見て詠んだとある。当時は、ひどく思い悩むと魂が身体から遊離すると言われていた。恋の悩みを神に訴えかけた歌。『後拾遺和歌集』では、この返歌として、貴船明神が男の声で詠んだという歌を載せる。
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 以下は、上の歌の、畏友小堀邦夫先生(神宮禰宜)のちょっと深い鑑賞。その下は、篠田桃紅さんの画文集『人生は一本の線』より。
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もの思へば沢の蛍もわが身より
あくがれ出づる魂(たま)かとぞ見る  (後拾遺集)

 千年の昔、平安時代中期を代表する歌人、和泉式部(いずみしきぶ)の和歌(短歌)です。洛北鞍馬(くらま)村の貴船社に詣でた式部の前には、「みたらし河」の沢に無数の蛍の乱舞がくり広げられていました。苦しく切ない恋に悩みつづける式部には、その蛍の光の点滅が自身の体内から浮かび上がってくる(あくがるる)魂(たま)の如くに感じられました。体内からタマが出て行ってしまうと、人は死ぬと信じられていましたから、その恋は死ぬほどの遣(や)る瀬無いものでした。すると、貴船明神が男の声で式部に歌を返してくださったのです。

奥山にたぎりて落つる瀧つ瀬の
たまちるばかりものな思ひそ

 奥山の激しく落ちる瀧に飛び散る水玉のように、心を千々に乱してもの思い(恋)をしてはいけませんよ、と貴船明神が式部を慰めてくださったというのです。これほどなつかしく勇気を与えてくれる歌の力がわが国の文学史には流れています。
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(篠田桃紅『人生は、一本の線』より)     
 昔、ニューヨークで知り合った大学教授が、日本の文学に魅せられていて、これほどの歌を詠む人が日本の女性にいたのかと驚いた、と私に話したのは、平安時代の和泉式部の歌でした。

もの思へば沢の蛍も我が身よりあくがれいづる魂かとぞ見る

 和泉式部は、蛍が飛んでいるのを見て、自分の魂が体から出て行って、飛んでいるように思えたのでしょう。はっきりとした心境ではなく、自分の魂が出て、さまよっているような気がちらっとしたのかもしれない。
 アメリカの大学教授は、蛍に重ねて詠んだ、心というもののふしぎさに、感じ入っていました。一首の歌が、彼の心をとらえている様子に、私は、文学などの芸術は、ほんとうに人間を動かす力があるのだと思いました。芸術の力というものはすごい。

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