〈旅〉とは、空間的に離隔された障壁を乗り越える行為。定まった地を離れてひととき他の場所へ行くこと。コロナ禍で大打撃を受けた観光業界が、収束のめどが立たない中、オンラインツアーに注力しているらしいのね。リアルな〈旅〉の「予習」としての活用など。あきこも、ときどきオンラインツアーで〈旅〉を楽しんでいるのね。
われわれ人類はまず食糧獲得のため〈旅〉をした。農耕が行われるようになったあとも、すべての人々が定住していたわけではない。そのあと宗教的な目的の〈旅〉がさかんになった。ヨーロッパでは4世紀頃には巡礼が始まっていたというが、日本でも平安時代末頃には巡礼が行われるようになった。江戸時代に入るといくつもの街道が整備され、馬や駕籠も整備され、また治安も改善されたので〈旅〉がさかんになった。
船旅も、波の穏やかな内海は比較的安全なので瀬戸内海、琵琶湖、淀川水系、利根川水系などでよく行われていたとか。わたしは吟行で数多くの〈旅〉をしてきたが、足がよくないのでこれからは船旅をと考えているのね。
人生はよく〈旅〉に喩えられる。わたしの人生観には、漠然としたものもあれば、きわめて明瞭なものもある。人生観は価値観に関係するところが大きいのね。若い頃からあまり変化していないと自分では思っていたが、年齢の影響を受けたと思える部分もある。つまりいまの時点である人生観をもっているとしても、その後の人生で変化することがある。
幼いころから見ていた両親の生き方、両親の人生観が色濃く反映している点もあれば、両親への反発が人生観を形成したという点もあると思うのである。尊敬できる人に出会ったことで影響を受け、新しい人生観が形成されることもあるだろう。人生観は、単に観念にとどまらず、意識的であれ無意識的であれ、それをもつ人の判断基準や、ひとつひとつの具体的な行動の選択などにも影響を与える。
「人生とは…である」といった一般論の形式で記述されているのをよく見かけるが、実際はその人一人の人生について語っているにすぎないことがある。または自分に類似したきわめて限られた属性をもつ人間の人生についてしか語っていない。偏らないためにも過去現在のいろいろな人の人生、すなわち〈旅〉のかたちを書籍ほかで探ってみることである。それが、自他を受け入れてよりよく生きていくことにも繋がるだろう。
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