きのふけふの境も水の絵になった たむらあきこ
大天守が見守る道後きのふけふ たむらあきこ
昨日今日忘れるために書く日記 牧野 芳光
膝がしらに溜まる私のきのう今日 浜 知子
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川柳は定型詩。俳諧連歌から派生した近代文芸である。五七五の音数律をもっているのは俳句とおなじだが、俳句が発句から独立したのに対し、川柳は連歌の付け句を、逆に下の句に対して行う前句付け(前句附)が独立したもの。俳句にみられる季語や切れの約束がなく、現在では口語が主体。
上記2句は口語の中に一部文語(歴史的仮名遣い)を入れている。「きのうきょう」とはとてもできないので、「昨日今日」とするか「きのう今日」かといろいろ考えたすえに辿りついたのが「きのふけふ」。現代川柳にはほかにもこういう例があるかもしれない。一句を歴史的仮名遣いで統一するかどうかを悩んだのだが、川柳という自由な文芸においてはこだわることもないだろうという結論に至った。
俳句が口語を取り入れ、川柳が文語に近づくなど、表現の表面上は俳句と川柳の差がほとんどなくなってきたということがいえる。一方で一般公募による川柳は、(一流の川柳家を選者とした作品では)新しい表現分野になりつつある。無名性が高いことでは初代川柳の時代の川柳と似通っている。大衆の共感が作品評価のベースになっている。
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