10月27日に72歳で亡くなられた石部明氏の(最後の?)10句を、「川柳カード」創刊号から。川柳界で、このかたと思うかたのお一人だった。バックストロークin岡山(大会)は楽しみで、泊りがけで参加させていただいてきたが、氏がおられないのでは、張り合いも半減してしまった。大会で氏の秀句をいただかないうちに亡くなってしまわれたのが残念(ファンとしての本音)。
下記は、氏のブログ「顎のはずれた鯨」(「お気に入り」に入れていた)を開けると出てくるコピー(?)。まだ「お気に入り」に入れたまま。
現代川柳はどこへ向うのかー言葉は私たちに何を与えてくれるのか
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孔雀の喉 石部明
夕ぐれの孔雀の喉の姉地獄
母通るぎこちなく死の傘をさし
死にたれば土竜出てきてよく遊ぶ
つぎつぎところしてしまう雛あられ
鈴買いにくれば鈴屋は来ておらず
白髪と舌と喉まで秋の月
政局をまた掻きまわす鹿の群れ
舌のない死体ばかりの京の国
音楽学校までついてくる水鰈
血液は鋭く研いだ鳥の声
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誠に申し訳ございませんが、石部明さんの10句、1句も理解できません。
説明していただいて、わかるものでもないでしょうが、困った私です。
昌紀さま
下記は川柳史に残るくらいの名句かと思います。句の読み(?)はまた瓦版句会の日にでも。(あきこ流ですが)
母通るぎこちなく死の傘をさし
死にたれば土竜出てきてよく遊ぶ
つぎつぎところしてしまう雛あられ
鈴買いにくれば鈴屋は来ておらず
4句とも、予定調和の句。ご自分の「死」を詠んでおられます。これらの句を詠まれて、ほどなく旅立たれたのですよね。
最初の1句だけ解説。「死の傘」をさしているのは死神ではなく、自分を生んでくれた母なんですよね。もうすぐ自分のもとにくる息子を、ちょっと近くに来て見るわけですね。「ぎこちなく」がよい。こんな形容詞の一つにも、何を選ぶかに才能が出ていると思います。
ありがとうございます。
1,2句目、辞世の句と聞かされれば、なるほど名句かもなと。
3~10句目、辞世の句と聞かされても、私の鑑賞能力では… ?
ファンではないので(?)ごめんなさい。
昌紀さま
このような句は感覚で読むんですよねー。
ほとんど「五感」で読む、って感じ。では、もう一句解説。
つぎつぎところしてしまう雛あられ
一粒ずつつまんで口に入れ、噛んで「ころしてしまう」「雛あられ」。「雛(あられ)」はにんげん。最後に(あるいは次に)ころされるのは、自分(作者)。
誰に? 神様に。
そういうような感じ。(ただしあきこ流。どう読んでもいいんです)
あきこ様
いろいろ解説いただいてありがとうございます。
句会での選は別として、句の解釈は結局、好き嫌いに落ち着くのかなあと…
勝手なことばかり申し上げて申し訳ございませんが、1月6日、更なるアドバイスをお願い致します。
「言葉は人間だけに与えられたもの」なのに。
本もののグルメは、おいしい味(店)を知っている事よりも、その味を正確に伝える技量と舌をもっていなければならない。BYサスケ論。本物の川柳家しかり。
ところで、挨拶の「おはよう」の一言も言えない大人が増えました。悲しいことです。せめて「さよなら」ぐらいは言いましょう。
りょーみさすけさま
きのう「さよなら」は言ったのかどうか、はっきり覚えていないんですが。花粉症はすこしはおさまりましたかぁ? (なったことがないので、よく分からないんです)
ともかくも、今年も終了がせまってまいりました。掃除する時間がないのよねー(涙)。咲くやこの花賞の清記と年賀状(書く時間があるか?)は頑張らなくっちゃ。