下記は、「熊野新聞(9月30日(水)付)」より転載。写真付きで、一面トップ記事にしていただいております。ありがとうございました。
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川柳、郷土の土を踏む
たむらさん、故・前田咲二さんの本を寄贈 新宮市立図書館
和歌山市出身の川柳作家・たむらあきこさんは27日、新宮市出身の川柳作家、故・前田咲二さん(享年92)の川柳をまとめた「川柳ベストコレクション 前田咲二の川柳と独白」を同市立図書館に寄贈した。
前田さんは1926(大正15)年、現在の新宮市に生まれ、旧制新宮中学校(現新宮高校)を卒業。江田島の海軍兵学校に入校した。50代後半ごろから川柳の新聞投句を開始し、関西各地の句会や大会での入選率の高さからすぐに頭角を現し、一目置かれる存在となった。
平成に入り、川柳作家・上野楽生氏ら有志が年間入選数から作成した番付表では「横綱」と称され、達吟家として名をはせた。2007(平成19)年に川柳句会「川柳瓦版の会」会長に就任。同時に読売新聞関西版「よみうり時事川柳」欄、「川柳マガジン」時事川柳欄の選者となる。17(平成29)年、大阪府寝屋川市内の病院にて食道がんにより逝去した。
たむらさんは、前田さんに依頼され、編集同人として瓦版の会に所属。前田さんのもと、後継者として研さんを積んだ。
寄贈の本はたむらさんが監修。前田さんの遺族が出版社に託したノートに書かれていた約1万5000句の中から約400句を厳選した。中には〈那智開運暦を肌身離さない〉〈ふるさとは地酒にぶつ切りのまぐろ〉と、ふるさと・熊野を愛した前田さんならではの句も目にすることができる。
寄贈した9月27日は前田さんの命日。たむらさんは亡くなる約3週間前に、電話で前田さんと最後の会話を交わした。たむらさんが吟行のために熊野地方を訪れるという話をしたところ、前田さんは声を振り絞り「行きたい。一緒に行きたい」と伝えたという。
たむらさんは「先生は瀞峡での思い出話などを聞かせてくれた。(本は)先生の名前と句を消してしまってはいけないとの一心で監修した。なるべく多くの人に先生のことを知ってもらいたい」と話していた。
同書は、前田さんの母校である新宮高校にも寄贈される予定。 (西久保勢津子)
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おめでとうございます。
新聞の一面ですか。いやぁ、すばらしい。
泉下の前田先生も、新宮高校の関係者もお喜びでしょう。
もしかしたら、思わぬ所からの反響もあったりしますよ。ありましたら、またアップして下さい。
川柳のためになることは、今後とも大いに推進して下さい。応援します!
江畑 哲男さま
一面トップ記事には驚きました。
読売新聞和歌山版でもかなり大きく紙面を取っていただいていたのですが。
次に『たむらあきこ吟行千句』を出し、その次に『前田咲二千句』か『前田咲二 三千句』を予定しています。
近く資料をもってまた新宮高校へまいります。
先生のふるさとなので、くり返し歩きたいのね。
ご遺骨は横浜ですが、こころは新宮(と江田島)でしょう。
あきこも、やるべきことを粛々と進めて、あの世で先生にごあいさつすることに。
「(句集は)出さんと言うたやろ!」と叱られるのかも知れませんが、笑;。
先生とあきこは、紀州の、二本の滝だと思っているのね。
先生は那智の滝、あきこはその辺のちいさな滝。
遺さないと、先生ほどのかたでもあっというまに消えます。
ほっとけないですよ、笑。