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 28日。グランホテルを9時半頃に出て、歩いて新宮高校へ。教頭先生との約束の11時まで、付近を散策の予定。校門を入り、体育祭?中のグラウンドの方へ。生徒たちは礼儀正しく、見知らぬわたしに何人もがあいさつしてくれる。広々としたグラウンドに出て、驚いた。なんと真正面の切り立った大きな崖の上に神倉神社。こんな景色はいままでに見たことがない。まるで上から生徒たちを見守るように、神倉神社が在った。神々しい世界遺産に抱かれている、しあわせな新宮高校。

 グラウンドの横から出て、やはり前田先生の影を追うように学校周辺を歩く。こういう地で青春時代を送られたのだと、感無量。周辺の家々の間の細い路地も歩いた。先生のことがさらに分かったような気がした。先生のたましいの原点の一つは、この地。

 11時前に事務室で来校の旨を告げると、待っていて下さった教頭先生が出てこられた。なんと、前田先生の新中時代の一文をコピーしてくださっていて、収載の立派な本とともにそれを見せて下さった。前田先生も忘れておられたのではないかと思われる一文が、下記。級長をなさっておられたのね。
…‥‥‥‥‥‥………‥‥‥‥‥‥………‥‥‥‥‥‥………‥‥‥‥‥‥……
磐盾 第四十六号
僕等の學級‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥各學級級長…(三一)

  四年甲組                                               前 田 作 自
 第四學甲組こそ、我等が樂しき道塲であり、家庭である。道塲の正面には高く「至誠」の額が掲げられてゐる。それは道塲の隅々迄、我等が一擧手一投足をもじつと見守つてゐる。我等は常にその「至誠」を仰ぎ見て、自ら内に省みつゝ日常の修養研鑚に邁進してゐるのである。我等が家長は東辰三先生である。折に當りて父となり、時に隨つては母となり、陰に陽に、我等を叱咤鞭撻せられ、感情と希望にともすれば跳梁し勝な若き我等をたしなめ、又勵まして下さる。兄弟のやうに睦まじい級友の和は又格別である。東先生を中心とし、恊力一致、切瑳琢磨、實に縱横共に全き連鎖ではある。我等は過去一年間、この樂しき家庭にて心身修養に精進し來つた。後幾何もなくして最上級生となる我等である。我等はこの家庭を更に立派なものとし、日常生活の研鑚に遺算なからんことを期し、大國民としての人格の修養に渾身の努力を盡さんことを期してゐる。(あきこ註 パソコンから拾えない旧字は新字にしております)

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(つづき) 9月28日(月)、前田咲二先生の母校・新宮高校に『前田咲二の川柳と独白』を寄贈‥立派な本に収載されていた16歳?の先生の一文”にコメントをどうぞ

  1. 江畑 哲男 on 2020年9月30日 at 9:18 AM :

    スゴイ! ビックリ。
    お疲れさまでした。
    新宮高校、次回はぜひ訪問したいですね。
    前田少年の決意文?、貴重な一文を見せて頂いて有難うございました。
    あきこさんと、高校の教頭先生に感謝します。

    • たむら あきこ on 2020年9月30日 at 9:55 AM :

      江畑 哲男さま
      なかなかいい(↽失礼)教頭先生だったのね。
      まだあるかも知れないので、探して下さるそうです。
      こちらでも資料をこれからコピーして送らせていただくのね。
      本と一緒に立てて展示してくださるとのこと。
      それにしても“文は人なり”ですよね。
      十代でも、いかにも先生らしい。

      もう一度持って行かせていただいてもいいのね。
      なんとか、まずは先生の郷里に先生の名を遺したいので。
      がんばります!!

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