古くより弘法大師御母公のお寺として知られる慈尊院。「乳房型絵馬」(写真)奉納でも知られる。和歌山県出身の有吉佐和子の小説「紀ノ川」がかつて映画化され、その中に慈尊院に安産祈願の「乳房型絵馬」奉納のシーンがあったのね。この「乳房型絵馬」は奉納者による手作りなのだとか。
高野山開創の1200年前と同時期に創建された慈尊院は、弥勒菩薩像が安置されている「弥勒堂」が世界遺産として登録されている。「高野詣りは慈尊院から」といわれるのね。下記は慈尊院の由来と野良犬ゴンの話。
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香川県善通寺から我が子を訪ねてきた弘法大師空海の御母公、玉依御前(たまよりごぜん)が高野山上へ大師を訪ねようとしたが、当時大師みずから七里四方を女人禁制としておられたので、山麓の当院へ迎えられた。
大師は、月に九度は必ず高野山上より二十数キロもの山道を下って母公を訪ねられたので、この地名が九度山と称されるようになった。(↽この地を吟行したい理由の一つなのね)
昭和60年代に、慈尊院近くに住みついていた白いオスの野良犬がいた。誰が教えたわけでもないが、不思議なことにその犬は高野山への参詣者の道案内をするようになった。慈尊院の鐘の音を好んでいたため、いつしかこの犬は「ゴン」と呼ばれるようになった。
最初の頃は九度山駅と慈尊院の間を案内するだけだったが、いつしか慈尊院をねぐらとして、高野山町石道の約20kmの道のりを、朝慈尊院を発って夕方高野山上の大門まで道案内、夜には慈尊院に戻るという毎日を送るようになった。
約1200年前の弘法大師の時代にも高野山の案内犬がいたという伝説があり、ゴンは「弘法大師の案内犬の再来・生まれ変わり」「お大師さんの犬」などと呼ばれ親しまれた。
ゴンは2002年6月5日息を引き取ったが、参詣者からも愛されていたゴンを惜しみ、同年7月23日慈尊院境内の弘法大師像の横にゴンの石像が載せられた「高野山案内犬ゴンの碑」が建てられた。
続きは次回
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