「難解句鑑賞 №005」(川柳マガジン1月号から転載)
かげろうの中に方程式を組む 山本 蛙城
陽炎(かげろう)とは、局所的に密度の異なる大気が混ざり合うことで光が屈折し起こる現象。常に変化して、できては消えるその様からとらえどころのないもの、はかないものの喩えとしても用いられる。
「方程式」とはまだわかっていない数(未知数)を表す文字を含む等式。等式を成り立たせる未知数の値を「方程式」の解という。「方程式を組む」とは、〝勝利の方程式を組む〟などという使われ方をすることでなんとなく分かる。
この句の「方程式」は〈人(生)〉の暗喩。「かげろう」すなわち儚いこの世に、未知数だらけの不可思議を生きているというほどの意味だろうか。
バラの朱を犯すいのりのかたちして 勝野みちお
聖母マリアは、清純であることを意味する〈棘のない薔薇〉にたとえられる。伝説によると、アダムとイブが罪を犯す以前は薔薇に棘がなかったからだとされる。また〈神秘の薔薇〉は伝統的な聖母マリアの称号。『イメージ・シンボル事典』の「rose」の項では、初期キリスト教社会では娼婦のしるしとも説明されている。
「犯す」であるから、この句はまず性を抽象的に詠んでいる。「いのりのかたち」になるのは、作者にとっての異性が聖母マリアのような存在だからなのだろう。
恋人の胸にマトリョーシカが棲む 牧野 芳光
「マトリョーシカ」は、ロシアの民芸品の人形。胴体の部分で上下に分割でき、その中にはひと回り小さい人形が入っている。これが何回か繰り返され、人形の中からまた人形が出てくる入れ子になっている。入れ子にするため腕は無く、胴体とやや細い頭部からなる筒状の構造。
「マトリョーシカ」という名称は、ロシアの女性名。人形にはスカーフ姿の若い女性の像が描かれている。句の「恋人」が女性だとすれば、「恋人」が(どこまでも)純朴で可愛い「マトリョーシカ」のようであるとでも言っているのだろうか。
子牛ちよつぴり角が出、赤いリボンの欲しい貌 山本 浄平
除角(じょかく)は、生後1、2週間に「子牛」や子やぎの角を除いて育成管理を容易にする処置。性質は温和になるが、泌乳や繁殖には影響しないとか。方法は動物を横に倒して角の出る部分の毛を刈取り、棒状のカセイカリをこすりつけて角組織をこわしたあと,傷跡にヨードチンキなどを塗り、消毒しておくのだとか。電気ごてで焼く方法もあるらしい。
以上少々可哀そうだが、この句はその時期の「子牛」の愛らしさを「赤いリボン」の似合いそうな「貌」であると言っている。
寂しくて窓がだんだん増えてくる 門馬阿づさ
近代とは「窓」が増える時代でもあった。人口が増加し、生産力が増強されるにつれて建造環境が拡張。建造物の開口部としての「窓」も急増した。
この句は単に「窓」の〈光〉が欲しいからということだろうか。部屋に絵を飾ることは、そこに新しい景色を見渡せる「窓」が増える感覚に似ている。作者は、「寂しくて」壁に絵をいくつも飾っているのではないかと、ふと思った。
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こんばんは。
今回取り上げられておられる山本蛙城さんは、岸和田川柳会にも来られていた方だと思うのですが…?
すごい前衛的な句も作っておられたのですね。
私が川柳を始めて間もない頃から数回お話をした記憶があります。
お年は九十を越えておられたと思いますが、俳句もされていたことや、川柳についてもお聞きしたと思いますが、申しわけないですが、あまり覚えていません、
ただ、2、26事件のお話をお聞きしたことだけは覚えています。
それから間もなくお亡くなりになり貴重なお話をお伺いしないままに終わったのが残念です。
6日の川柳塔本社句会、拙い話を聞きに来ていただけるとのこと、恐縮しています。
私なりに何かをお伝えできればと考えてはいますが…。
当日はよろしくお願いいたします。
松浦英夫さま
いい句だと思います。
お名前は存じ上げない方なのですが。
このような句をほかにも残しておられるなら、是非一読させていただきたいと思いますね。
川柳塔本社句会、たんたんといつものように話されればいいと思います。
話術を期待されているわけではないので。
お話の中に、ご自分の句をいくつかちりばめて。
とくに、《見えぬ目の奥に飛ばしてみる蛍》は名句。