真亀川に近い国民宿舎サンライズ九十九里の裏手に「智恵子抄」の一節、”九十九里の初夏”を記した詩碑があるらしい。詩人で彫刻家の高村光太郎の妻智恵子は九十九里浜松林内に住む実妹斎藤せつ夫妻の「田村別荘」にて昭和9年(1934年)5月から12月まで約八か月病気療養していた。光太郎は毎週東京から必ず見舞っていたそうである。
あきこの「九十九里浜」は、ながく光太郎の下記の詩による遠い記憶だけだった。銚子を訪ねてから、時間があれば九十九里浜の詩碑周辺を歩いてみたい。(写真:高村光太郎「千鳥と遊ぶ智恵子」詩碑)
風にのる智恵子
狂つた智恵子は口をきかない
ただ尾長や千鳥と相図する
防風林の丘つづき
いちめんの松の花粉は黄いろく流れ
五月晴の風に九十九里の浜はけむる
智恵子の浴衣が松にかくれ又あらはれ
白い砂には松露がある
わたしは松露をひろひながら
ゆつくり智恵子のあとをおふ
尾長や千鳥が智恵子の友だち
もう人間であることをやめた智恵子に
恐ろしくきれいな朝の天空は絶好の遊歩場
智恵子飛ぶ
千鳥と遊ぶ智恵子
人つ子ひとり居ない九十九里の砂浜の
砂にすわつて智恵子は遊ぶ。
無数の友だちが智恵子の名をよぶ。
ちい、ちい、ちい、ちい、ちい――
砂に小さな趾(あし)あとをつけて
千鳥が智恵子に寄つて来る。
口の中でいつでも何か言つてる智恵子が
両手をあげてよびかへす。
ちい、ちい、ちい――
両手の貝を千鳥がねだる。
智恵子はそれをぱらぱら投げる。
群れ立つ千鳥が智恵子をよぶ。
ちい、ちい、ちい、ちい、ちい――
人間商売さらりとやめて、
もう天然の向うへ行つてしまつた智恵子の
うしろ姿がぽつんと見える。
二丁も離れた防風林の夕日の中で
松の花粉をあびながら私はいつまでも立ち尽す。
値(あ)ひがたき智恵子
智恵子は見えないものを見、
聞えないものを聞く。
智恵子は行けないところへ行き、
出来ないことを為(す)る。
智恵子は現身(うつしみ)のわたしを見ず、
わたしのうしろのわたしに焦がれる。
智恵子はくるしみの重さを今はすてて、
限りない荒漠の美意識圏にさまよひ出た。
わたしをよぶ声をしきりにきくが、
智恵子はもう人間界の切符を持たない。
詩碑所在地: 千葉県 山武郡九十九里町 真亀納屋地先
智恵子抄詩碑へは、JR千葉駅からバスサンライズ九十九里行きで「終点」下車徒歩3分 JR外房線大網駅からバスサンライズ九十九里行き「終点」下車徒歩1分 JR東金線東金駅からタクシーで20分
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