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 尾藤三柳先生との会話と言っても、ほんの少し。直接お話ししたのは東京・王子での川柳公論表彰句会、ほんの数回だけなのね。その、ごあいさつ程度の会話の中で、自ずから頭の下がる思いがした。高速バスで早朝新宿に着き、あと電車を乗り継いで王子まで。句会の始まる時間まで近くのプロントで軽食、推敲。4回目だったか、準備中の会場に入って、まずはごあいさつさせていただいたのね。つぎのようなやりとり。
 「先生、和歌山のたむらあきこです。また来させていただきました。こんどまた(尾藤)先生のところに行かせていただくと言ったら、うちの(前田)会長がよろしくと言っていたとお伝えしておいてくれとおっしゃって」
 「(柏原幻四郎師についてのおたずね)」
 「(ご病気のことなので、略)」
 「(前田咲二師についてのおたずね)」
 「(あれこれ、少々)」
 「えっ、前田さんは海兵出てるの」
 「はい」
 「(うなずいて)」
 「センマガ文学賞、また一位に採っていただいてありがとうございました」
 「(うなずいて)」
 「先生には採っていただくんですが、大賞がまだなので」
 「えっ、あなたはまだ大賞をとってないの?」
 「はい、まだなんです」
 「(著作(大作)を送ってあげようか、というお話)」
 「それは、前田先生が『おれがしんだら(ご自分のを)あんたにあげる』と言ってくださっているんで」
 (続けて話しかけてくださるのを遮って)
 「先生、ごめん。まだ句をつくってないので」
 「えっ、まだつくってないの? だめじゃないの、つくらないと」
 書いていると先生のご表情ご様子まで思い出されてくる。こういうことを書くのは僭越とも思うが、心から心へ、触れ合い通じるもののあるやりとりだったのね。句会では毎回特選秀逸などたくさんいただき、先生の文芸川柳の方向があきこに近いことにまた感銘を受けたのね。
 いままでいちばん嬉しかったのは、そののち尊敬する尾藤三柳師や前田咲二師と川柳マガジンで選をご一緒できたこと。お二人は時事川柳、あきこは当時の読者柳壇の選者だった。ほんとうに光栄、しかしお二人とももうこの世にはおられない。

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