桜は木を傷つけるとそこから腐りやすい。むかしは剪定した部分の消毒もむずかしかったので、「桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿」という諺ができたという。そんな桜でも、ながく生き延びて名を知られる古木も多い。日本三大桜のうちの一つ淡墨桜(うすずみざくら)は樹齢千五百年を超える大桜で、いままでなんども吟行で根尾谷を訪れている。
花が咲いたあと気温が下がると花はながく持つが、盛りになって雨が降るとたちまち散ってしまう。花の散り頃に葉が混ざって生えた状態から初夏過ぎまでを葉桜と言うが、あきこは花に限らずそれもときどき句に詠むのね。日本では「花」は桜の代名詞のようなもので、特別な位置に在る。中国文化の影響が強かった奈良時代は和歌などで単に「花」と言えば梅を指していたけれど、平安時代に国風文化が育つにつれ桜の人気が高まり、「花」と言えば桜を指すようになったのね。
平安末期の西行法師が、「花」すなわち桜を愛したことはよく知られている。吉野の桜を多く歌に詠んでいるけれど、とくに《願はくは花の下にて春死なんそのきさらぎの望月のころ》は有名。西行はこの歌通り、旧暦二月十六日に入寂したとされる。(あきこが吉野山吟行でぜひとも西行庵に行きたかった理由はこの歌にあるのね。疲れないように行こうと思えば、近鉄吉野駅からバスで奥千本口下車、そこから徒歩30分。今回はあきらめたので、もう一度出かけたい。温泉宿があるようなので、一泊して周辺をじっくり歩いてくるのもいいかも) あきこもやはり日本人、桜を観ればいくらでも詠める(気がするのね)。
Loading...
















































