すべてはプロセスなのかもしれない。辿り着くことが目的なのではなく、むしろ、どこに向かうかが大切なのではないかと思う。どこかに向かって歩き続け、生き続け、残された足跡がその人の人生なのではないかと。我われは日々あてもなくさまよっているわけではない。直接誰かに教えてもらったり、本で読んだりして、だいたいの方向を決めてきてはいる。ときには、ふらふらと適当に歩いてみることもあるが。
目指した場所に辿り着けば、欲しかったものが手に入るということでもない。少々得られるかもしれないが、それは辿り着いたから手に入れられたというより、辿り着くまでのプロセスで手に入れていったものなのではないか。
愛とかつながりが欲しくて結婚を望んだとする。それはたしかに一つの形なのだろう。けれども、結婚したから愛があるというわけではない。あくまでも、育んできた愛の一つ先のやはりプロセスに過ぎない。その後も生活は続き、育み続けなくてはならない。結婚は、いちどはしたほうがいいとは思うが、しないといけないというほどのものでもない。
自分だけの、自分にしか残せない足跡を刻み続けることが人生なのである。自分が生きた証を刻むこと。最近知人と川柳句集出版についていささか話すことがあった。いままでに川柳人としての歩みがあり、懸命になった時期の航跡があるなら、形として残すこともいいだろうと。どのみち文芸に到達点はないのだから。ひとりの人間としてプロセスを残すこと、川柳におけるそれが句集出版なのである。
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