続いて、『文藝春秋』手記より。(下記は、あきこが一番驚いた箇所)
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靖国神社では、戦後しばらくは厚生省(当時)から送られてくる戦没者身分等調査票をもとに「霊璽簿(れいじぼ)」を作成しましたが、どの方を霊璽簿に入れるか判断する権限はありません。霊璽簿の元になる上奏簿を掌典職にお渡しし陛下にお認めいただくという手続きが今も昔も変わらず続いています。
靖国神社が独自に祀った祭神は一柱もありません。何かと取りざたされるA級戦犯の方々の合祀も、国から名簿が送られてきたからお祀りしたもので、当時の筑波藤麿宮司が政治問題化することを案じて合祀を先延ばししていたのを、後任の松平永芳宮司がルール通りにやらなければ、逆に靖国神社が批判されると懸念して行ったものでした。
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そんなに(註天皇陛下に)お越しいただきたいのなら、靖国神社はA級戦犯の方々を分祀すればいいではないかという意見もあります。
しかし神社神道では、一度集合体として合祀された神霊から、何体かを再度分けるという物理的な変更を加えることはできないと考えられています。合祀祭を経て、靖国神社の御神体である御鏡に神霊が遷ると、すべての御祭神と一体となると考えられているからです。
続きは次回
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なるほど。そういうことだったのですか。神道は深いですね。
最近の『文藝春秋』はどうも宗旨替えしたみたいなので、ご無沙汰でしたが、改めて読んでみます。有難うございました。
江畑 哲男さま
自分自身も含めて、日本人は日本のことをもっと深く知るべきですね。
『文藝春秋』のあとがき(編集後記?)も小堀さんに好意的でした。
今回のことで神社内にもとんでもない人間たちが入り込んでいるのだと、心が痛みました。
小堀さんの心労を思うと。
情けないですね。