昨夜、じつは前田咲二先生の息子さんと先生の句集出版について電話で(やっと)すこしお話しできたのです。ずっと前に出させていただいた手紙のことは、なんと「知りません」と。会社宛てに出させていただいたものだったのだが、どこかに紛れてしまったのか。お返事をいただけないことに途方に暮れていたが、事情が分かったことで、反面ほっとしてご相談。
じつは、今日の午後、3時半頃仮眠から覚めたのね。(仕事で目が疲れると目を閉じて横になるので、そのまま仮眠することも多いのね) ふたたびパソコンに向かっていると、どうやら鈴の音がするのです。気のせいかと、そのまま入力を続けていると、また。リ~ン(?)のあと、シャ、シャ、シャ、シャ、シャ、シャ…。
なぜこんなことを書くのかというと。一昨年12月に先生が(食道がんで)倒れられ、入院された。手術後まもなく自宅療養(末期だったのね)。わたしは、1月に伊勢神宮吟行。宿泊先の神宮会館から名産の ほたて浜煮などと一緒に、内宮の授与所でもとめた「開運鈴守」とお神酒、神域で拾ったそれだけ枯れていなかった杉の葉などを詰めて宅配便で送らせていただいたのね。
そのお守りをとてもよろこんでくださって、次の入院のときだったか、「いつもそばに置いてる。背広のポケットにいれて、(病院にも)もってきてるんや」と(電話で)言っておられた。それが写真のお守り(色は違いますが。ネットから拾いました)なのね。あのお守りは、先生の柩におさめられたのだろうか。いつもとてもお洒落できちんとしておられた先生。
息子さんによると、先生のご遺骨はもう横浜だとか(長男さんの家の近くに新しいお墓をたて、ぜんぶ移したとか)。そして、なんと先生の寝屋川のお住まいは近くとりこわし、(たぶん川柳関係の資料も)処分するつもりとか。ぎりぎりで間に合った!
先生の句集の出版準備も、もう一人の息子さんのご了解を得られればやっと緒に就く。先生は、よろこんでくださっている、きっと。その確信をもてたできごとが先ほどの〈鈴の音〉。(またこんなことを書いてしまって。どうか笑って読み飛ばしてください)
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あきこさん
「シャ、シャ、シャ、シャ、シャ、シャ…。」
きっとやわらかい鈴の音だったことでしょうね。
想いはどこまでも届くものですよ。
あきこさんの一生懸命への「こたえ」は
きっと・・・・傍からです。
見えないけど傍に・・・。
鈴の音がメッセージです。
良かったこと!!
田村ひろ子さま
先ほど柳友から電話をいただいて。
鈴のことは、空耳とは思うのですが。
でも、ギリギリで先生のことが分かってよかった。
先生ほど活躍されていても、そういうことなのですから。
ギリギリで先生の大切なものが遺される方向へ運ぶと思います。
やはり、生きているうちに本人が書籍にして、電子書籍としてでも遺さないといけませんね。