和歌山に、那智の滝という大滝がある。人間は多面性のいきものだが、故咲二先生の一面が大滝であったことに間違いはない。那智山青岸渡寺の納骨堂は那智の滝の近くにあるが、そこに分骨を言い残されて逝かれた。滝音を聞きながら眠りたいというお心なのである。そこにご母堂も眠っておられると伺った。
当時全国の俊秀をあつめた江田島海軍兵学校の最後の卒業生というだけで、日本人には分かるところがある。故尾藤三柳先生も「前田さんは海兵(を)出てるの?」と驚いておられた。兵学校の有名な〝五省〟、これがつねに先生の芯にあった。先生は戦後は日本通運の経理部長(で終わった、とお聞きしています)まで務められたかたなので、もちろん単純な滝ではないだろうけれども。次は、先生が瓦版誌に書かれた巻頭言。先生は達吟家であると同時に名文をものされた。
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五省というもの
1、至誠に悖(もと)るなかりしか
1、言行に恥づるなかりしか
1、気力に缺(か)くるなかりしか
1、努力に憾(うら)みなかりしか
1、不精に亘(わた)るなかりしか
終戦の時、私は広島県江田島の海軍兵学校というところにいた。海軍将校の育成学校である。毎晩、自習時間が終わると、この五省を唱和し、今日いちにちの自分の言動を反省したものである。
なんでそんな古いことを持ち出したかというと、以前に、知人から、身内に大学受験生がいて、勉強部屋にこの「五省」を貼っているとの話を聞いたからである。私は嬉しかった。七十年前、お国のために身命を擲って訓練に励んだ少年兵と、いま、平和な世の中にあって、五省を念じながら勉強にいそしむ若者とが一つに重なって、まだまだ日本は大丈夫との思いを深くした。
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以上は先生の芯、滝の部分であるが、育った年代は違っても滝はわたしの中にもある。わたしが先生の一文の中に滝を見たように、最初数回お話しする中で先生はあきこの滝を感じ取られたのではないか。ご信頼いただき、そのご信頼は十年間変わることなく続いた。
(続きは②へ)
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