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熊野灘

 25日は 鈴鹿市民川柳大会のあと白子(鈴鹿市)泊。その日のうちに紀南の那智勝浦町まで行くこともできるのだが、夜に入って折角の途中の車窓の景色が見られないのももったいないので、翌日26日の津駅9時1分発JR特急ワイドビュー南紀1号・紀伊勝浦行に乗車を決めた。海側座席でゆったりと熊野灘を見ながら紀伊勝浦(もしくは那智)まで行くことにする。
 本格的な吟行なので、二日でたぶん数百句を詠んでくる。次に吟行について書いてみた。ご参考まで。
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 席題の苦手意識を払拭するためにも、ふだんから吟行で多作の習慣をつけるとよい。ただ吟行では先入観をもたないことが大切なので、あまり吟行先のことを調べ過ぎないこと。自分だけのちょっとした発見を大切に(そちらの方に句の価値があるのね)
 1時間に100句くらいまでは訓練すると詠めるようになるが、はじめから数をこなすことに懸命になる必要はない。初めは1時間に30句あたりを目標にすれば充分だろう。辞書を引く時間はないので、直感(直観)で詠む。移動に時間を取られ過ぎると疲れ果て、頭が働かないので時間のロスになる。閃いたフレーズをメモに残しながら、できれば机と椅子のある場所まで行って、発想の途切れるまで数(十)句ずつを詠んでいくのがよい。直感力や集中力というものも、結局は訓練によって養われる部分がある。
 よい句を詠もうとか、意識しないほうがむしろよい句になっていることが多い。なるべく五七五の定型におさめる努力をすることは当然。吟行先の歴史を調べることは大切だが、予備知識をもとに、詠もうとする句のイメージまで作り上げてしまうのではいけない。吟行地が有名なら歴史に立脚する句はすでに(俳句などで)詠まれていることが多いので、類想になる。視点が限られ、他のことが見えなくなる。誰もが詠みそうな題材は避け、自分しか発見できないような対象を探す。白紙でのぞむ方がむしろそういう対象に出合う確率も高くなるかも知れない。
 一期一会の出合いとは名所旧跡の説明ではない。資料に執着することで貴重な出合いを見落としてしまうことにもなる。見どころの多い場所は、むしろ吟行にむかない。目移りするのであちこち歩き回り、表面的なことしか捉えられない。吟行は観光ではない
 多作により、未完成の句がたくさん残ってくる。捨ててはいけない。見なおして推敲すれば、原句が実感に基づくものであるだけに、あと句を整えるだけでよくなることも多い。 むしろ吟行のあと、どのように直して完成度を高めるかということに心血を注ぐことが大切。推敲に推敲を重ねることで、作者に句の構成力がついてくれば、後に光る作品として評価されることもあるだろう

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