◇◇ 句集紹介 ◇◇
『たむらあきこ千句』
当会 顧問 山本由宇呆
昨年暮れに、新葉館出版の川柳ブログ長屋に住む「たむらあきこ」さんから、『たむらあきこ千句』をご恵贈頂いた。装丁は、鮮やかな朱色に白字で「たむらあきこ千句」、ベージュの帯の中央に「詩性川柳の結実」。あとがきに「……句を練るのはほとんど句会に行く途中の電車内。……途中の(窓外の)景色の記憶はあまりない。見詰めていたのは潜在意識の中から浮かび上がる心象風景。……」とある。
俳句にも「心象俳句」があるらしい。俳句の友人に聞くと「心象俳句」とは、心の動きなどを物や風景、自然などに托して詠むのだそうだ。ならば、「心象川柳」とは、俳句の「物、風景、自然」に替わり、もっと幅広く「言葉」そのものに托して句を詠むこと。私はそんなことをおぼろげに考え、時々思い出しては、この一年ほど試行錯誤してきたつもりである。思い出した時だけの実行では、成果を期待するのは虫が良すぎるのだが、先人の、中村冨二や定金冬二などを読んでみても、私にとっては雲の上過ぎてとても歯が立たない。ところがこの「たむらあきこ千句」は、何となく腑に落ちる気がする。「心象川柳」が身近に降りて来てくれたような気がする。
句集の中の「きみの訃」から挙げてみる。
あっけない訃へ雨脚が寄ってくる
きみの訃を噛む一日が動かない
きみの訃のまさかをひきよせる怒り
きみの訃を脱ぎつつもまた問いになる
この句集のもう一つの特色は、編集構成にある。目次を見ると、章毎のタイトルが意味あり気な言葉で並び、兎も角もページを開きたくなる魅力で一杯だ。別の言い方をすれば、何処から読んでも良い本だ。読みとおす必要は毛頭ない。座右に置いて、何時でも手に取れる本である。そして強調したいのは、各章に属する句は、そのタイトルに向かって《作り込まれた》句である。つまり寄せ集めた句ではない、という感じがする。
前掲の句を見てお解りのように、東葛川柳会のユーモア句とは質が違う。しかし、長い川柳人生のなかのほんの一瞬でも、こんな川柳に親しんでみるのも一興。ぜひ一読をお勧めする。
巻末の連作群もまた、秀作揃い。一篇を挙げる。
妬心の水
恣意的な角度で風が圧してくる
「だから何」あなたの言い訳をなじる
ほんとうの裂け目は自嘲などできぬ
引きよせた過去を整列させている
くり返すかたちに過ぎてきた曠野
折り合えぬことへ無言という答
耐えている空気がどこまでも澱む
聞いているフリが突然立ちあがる
うす闇を呑みこむわたくしの空ろ
瓶にまた妬心の水が揺れている
ふる郷を哀しむ風の盆30句 由宇呆
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あきこ さま
由宇呆の拙文を 全文ご掲載頂いて 感謝感激です。
その他のコメントは 由宇呆のブログのコメントへ 書きました。
今頃気付いて 済みません。
9月30日の弊社大会、 お待ち申し上げます。
由宇呆 拝