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藤原鬼桜 藤原鬼桜(ふじわら・きおう)さんが2月15日、急逝された。新家完司先生のブログを拝見、驚いてコメントを入れさせていただいた。当日は松山・道後吟行に出発の日。吟行のあいだも鬼桜さんとの何度かの出会いを思い出していた。
 鬼桜さんの名を初めて意識したのは、川柳マガジンクラブ誌上句会。ここでの、いわば川柳という文芸を闘っていた戦友、もしくはライバルだった。第4期、第8期のキングが鬼桜さん、あきこは第7期クイーン。昨年第14期は二人とも同点、2位だった。はじめてご挨拶したのは、岡山県で開催された国民文化祭(川柳大会)。「(よかったら?)鳥取砂丘をご案内しますよ」と言っていただいたのだった。大会で数回お会いした折には、私のブログをずっと読んでくださっているということとともに「あきこさんのファンです。…」と、ここには書けないもったいないことを言っていただいたのを忘れない。鬼桜さんは以前は詩を書いておられて、詩集を送ってくださったこともある。
 下記は2月15日の完司先生のブログから(無断で拝借させていただきます、お赦しを)
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病名など詳しいことは知りませんが、頭の腫瘍?を取り除いた?というようなことを聞いていました。昨年秋、鳥取市の病院へお見舞いに行ったときは、元気そうでしたが、彼独特の早口でしっかりした喋り方ではなかったので、全快にはまだ時間がかかるか?と思いました。が、帰るときには歩行器を押して廊下まで見送ってくれましたので、「心配するほどのこともないか…」とも感じました。しかし、それがお別れになってしまいました。            鬼桜さんは、昭和22年11月23日生。満69歳。鳥取県川柳界のリーダーとして、いや日本の川柳界のリーダーとして、これからの活躍を期待していただけに残念でなりません。
… 
上記「良心はいつも途方に暮れている」は、センマガ2012年3月号45ページ。私が担当している「名句を味わう…」に掲載させていただいた作品。「究極の自省句」であろう。
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下記は、藤原鬼桜氏の著作『私の為の子守唄』の紹介(新葉館出版)と作品。

屈折した青春期から「生きるとはなにか、死ぬとはなにか」を問い続けてきた著者。がむしゃらに走りながら、ひたすら暴き続ける己の弱さと欺瞞性。虚無感と闘いながら、自己の喪失と再生を詠い続け、いま鮮やかに浮かび上がる詩魂の軌跡。

《ガリガリになるほど野心太らせる》
《陽の当る場所で暮らそう影法師》
《生まれつき無口な訳があるもんか》
《観念の毒をあおって死に切れぬ》
《今日もまた曇り硝子を拭いている》
《コトリとも言わぬわたしの誕生日》
《足元を照らしてくれたのはお金》
《タイプよと貧乏神が絡みつく》
《瞳を上げよ 健やかなる狂人》

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 昨年から訃報に次ぐ訃報で心が萎えている。鬼桜さんの訃報のあと、だんだん周りが淋しくなってきていることに気付いた。いずれあちらでお会いするときには「ああ!、あきこさん!」とまた大きな声で呼びかけていただけるのだろうか。表題の《追憶のかなたへ亡母のさくら色》(藤原鬼桜)は昨年川柳マガジン「読者柳壇」7月号にて雑詠特選に採らせていただいた句。選後感想は「「さくら色」は若かりし頃の「亡母」のイメージ。母への「追憶」に哀しく被さる「さくら色」。」とさせていただいた。(合掌)

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故藤原鬼桜さんを想う‥《追憶のかなたへ亡母のさくら色》(藤原 鬼桜)”にコメントをどうぞ

  1. くみ on 2017年2月28日 at 4:37 PM :

    あきこさん 今日わ〰❗
    鬼桜さんのこと 前にもコメントしましたが、初対面なのに よう話したなぁと。あきこさんが特選された上の句。それであきこさんのこと話したり…。不思議な ご縁でした。

    • たむら あきこ on 2017年2月28日 at 6:14 PM :

      くみさま
      率直にものを言われる、心の温かい方だったと思うのね~。
      いろいろと思い出します。

      いまご病気の前会長からお電話。心の通じ合う大切な先生なので、いつも心配なのね。
      ずっと先生が心配で、鬼桜さんの訃報にふれたときにはどこかぼぉっとしていたのですが。
      いまブログに書くことで、みなさんに鬼桜さんのことをこれからもずっと覚えていてほしいという気持ちがあるのです。
      大切な柳友のお一人でした。

  2. 加代 on 2017年3月1日 at 10:17 AM :

    「あきこさん」と呼び掛けられる・・なんと素敵な出会いだったのでしょう。
    やはり出会いがあってお話ししたからこそ、このような余韻があるのですね。
    鬼桜さんの句は迫力を感じます・・。

    • たむら あきこ on 2017年3月1日 at 11:22 AM :

      加代さま
      ご苦労の多い、悩みの多い一生だったかと思うのね。
      でも、鬼桜さんはまっすぐなたましいをもっておられた。
      初めてお会いしたのは奥様を亡くされたあとだったと思うのですが。
      そのあとお母さまの看病を一人でされていたようね。
      お一人になって、これから川柳を支えに頑張っていかれるだろうと期待していました。

      何度も会わなくても、心が通じる、分かるということはあります。
      逆に毎日会っていても、天と地ほど心が離れている方もいる。
      残念です。

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