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 風邪で酷いを繰り返していることもあり、をキーワードに句を検索してみた。川柳史的にも有名な1句を挙げる(全然違うではありますが。そこはご愛嬌)。たまに先人の句の勉強ということで、みなさまのご参考まで。

咳一つきこえぬ中を
天皇旗
 

井上剣花坊(いのうえけんかぼう)、明治3年山口県萩市に生まれる。 小学校代用教員を経て、新聞記者となり1903年、新聞「日本」に剣花坊の名で 新川柳の選者となり活躍。 狂歌と云われていた古川柳を、正岡子規が提唱した新俳句に抗するように新川柳を世に出し、川柳を 時代に乗せようとした。 川柳中興の祖と云われている。 1934年9月、脳溢血で倒れ仮遇(ママ)の鎌倉建長寺で死去した。
歌碑の川柳は大正天皇御大典の時の句と云われている。 天皇旗を目の当たりにしただけで咳一つない静寂さの中でひれ伏す平民のの姿が目に浮かぶ。 天皇以外は皆平民で、自由であり平等である剣花坊の美意識が詠まれていると云う。
(出展 フリー百科辞典『ウィキペヂィア』、川柳革新の出発(石部 明) 

 我々戦後生まれの人間にとってはよく分からない句の場景ではあるが、なんとなく想像がつかないわけでもない。いまの若い人たちからは「信じられない」という言葉が返ってきそうでもある。現在のような象徴天皇制ではなかった戦前、天皇は日本人にとって「神」そのものだった。この一句がその時代の空気を如実に示している(こういう時代に戻ってはならないという、反省の材料にもなる)。
 川柳はこのようにその時代の「人びとのナマの声」「風俗」などを映し出す鏡として、(とくに時事川柳は)学術的な研究・検証の対象にされることもある(「川柳瓦版」誌は多くの図書館に寄贈、保存されている)
‥ ‥ ‥ ‥ ‥ ‥ ‥
 さて。ここからがほんものの風邪の「」の話。
 19日、展望全国大会の披講の途中頭痛でテーブルに突っ伏してから本日で5日目。まだ頭がズキズキする。咳・たんが切れない。昨日はやっとバナナが喉を通った。それまでは食べてもすぐに吐きそうで食べられず、また喉が痛くて飲み下すこともできず、野菜ジュースと風邪薬の葛根湯に砂糖を入れたものくらいしか摂っていなかった。言うなればほぼ3日間の「絶食」。

続きはあとで。

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たかが風邪、されど風邪 ‥風邪に痛めつけられて考えること”にコメントをどうぞ

  1. 昌紀 on 2015年4月24日 at 9:33 PM :

    不謹慎やけど。
    痩せましたやろ。

    • たむら あきこ on 2015年4月24日 at 10:24 PM :

      昌紀さま
      ありがとう、お陰さまで~(怒らないあきにゃん)。
      でもね~、このパタ~ンは元気になるとすぐに戻るのよね(経験上)。

      元気になって、しかも減った体重のままでいられる薬がないかなあ。
      そんな薬があったら、お互い(?)いいのにね~。 ゲホっp(^◇^)/ゲホゲホ

      追伸 もう少し痩せたら結構オトコマエでっせ~(お世辞抜き)。

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