昨年お引き受けした柳誌の近詠鑑賞「万華鏡」の3回目。「せんりゅうくらぶ翔」のみなさまの川柳のご紹介を兼ねて記させていただく。
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万華鏡③ 川柳瓦版の会 たむらあきこ
★渡らねば川の深さもわからない 伊藤千代子
一本のレールを辿るだけの人生の虚しさ。少し怖くはあるが、そこにある「川」にもずぶずぶと入って渡ってみようと。その中にひょっとすると人生の醍醐味を見付けられるかもしれないのだ。
★友達のB面を知る旅半ば 広森多美子
いつも一緒という訳ではないので、家族以外は他人がどういう人かなかなか分からない。たまたま一緒に出た「旅」で「友達」の裏面が分かったという。「B面」が面白い。
★頑張らぬことが大事な時もある 菅山 勇二
頑張ることが大事というのが一般的な常識だが。例えば精神病系疾患の患者に「ガンバレ」と励ますことはタブーとはよく言われること。
★三歳に教えを乞うているゲーム 本城 恵美
孫も「三歳」になって「ゲーム」も上手くなったのだろう。現代っ子であるから、進化したテレビゲームの類だろうか。
★雁の群れ青をもみあう高い空 中山 秀子
「青をもみあう」とは、表現に捻り。
★友はよいもの飲める話を出してくる 水谷 一舟
内容的に肩の力が抜けている。「飲む」ではなく「飲める」であるところが、酒好きの作者を彷彿させる。
★ありがとうここが私のみらいです 打田あきお
「みらい」と平仮名なのは、子どもの頃の作者にとっての「みらい」が究極的に「ここ」だったと言いたかったから。その場(「ここ」)が安らぎを与えてくれ、感謝できるような所であったことを作者とともに喜びたい。
★欲望の伸びを鋏で切っておく 樋口 仁
「欲望」とはキリのないもの。仏教でいう少欲知足(しょうよくちそく)、即ち「欲を少なくして足ることを知る」という言葉通りを生きることはむずかしい。
★退屈をやっと解放された足 相馬まゆみ
頼まれて講演会にでも出かけたのだろうか。かなり忍耐して聞いていたが、実に「退屈」極まりない話だったと。途中退席もできない苦痛。
★早寝早起き私の辞書にない言葉 柳 緑子
「早寝早起き」など、人生を規則正しく生きることにどれほどの意味があろうかと。勤めているときこそ仕方がないが。今は全てにおいて解放されて、やっと自由な時間を持つことができたのだからと。アーティスティックな生き方を追及する一面のある作者なのだろう。
★日本には着地しにくいコウノトリ 中村 まゆ
少子化がますます深刻になってきた。若い人が子どもを産み育てることに価値を見い出せなくなってきたのか。産みたいがあとの経済的な負担が大き過ぎるのか。
★健さんに文太 昭和へ目を瞑る 新 万寿郎
「昭和」を代表するようなイイ男が亡くなった。年の近い(だろう)作者は、ある種の感慨とともに映画俳優だった二人を振り返ってしまうのだ。生き方への共感を込めて。
★未練かも知れぬじたばたしてしまう 新 万寿郎
「てしまう」が巧い。大のオトナである作者にもそういうことがあるのかと。「未練」にはどうやら(老いらくの?)恋のにおいがする。
★明日は明日今日の私に出来ること 新 万寿郎
生きるとは「今日」の足もとを見詰めること。モザイクの向こうにあるような曖昧な「明日」がどうあろうとも、「今」を充実させて生きる。それに尽きている。
★ちらちらと冬が始まる綿帽子 宮村 典子
「ちらちらと(冬が)始まる」が巧い。「ちらちらと」が何であるとも言わず、副詞一つをもって示唆。窓から外を見ているのだろう。「ちらちら」だが、下の方に目を遣るとすでに地には雪が積んで「綿帽子」になっていると。些かの時間的な経過も詠み込まれている。
★途中下車できない夢をひた走る 宮村 典子
「途中下車できない」人生という「夢」。「下車」するときには走馬灯のように過去のあれこれが頭の中によみがえるという。
★一過性連呼が街を吹き抜ける 大野たけお
「一過性連呼」とは、かなり捻った表現。凝って詠んでおられるのが分かる。「吹き抜ける」に一考の要か。
★パソコンに仕舞った遺書が出てこない 大野たけお
「パソコン」のどこに「仕舞った」のかと慌てる作者。「遺書」は必ず見付けなければならない大切なもの。書いたときはまだ先のあることと考えていたのだろう。そろそろ読み返して、直すべきところは直しておこうと。
★回覧板無言のままで一回り 大野たけお
さっと目を通すだけでよく読みもしない回覧板。ご近所を回って、読んだしるしの署名だけは集めて帰ってくる。
★先は見ず振り向きもせず 流れる 大野たけお
人生の達人とは「先は見ず振り向きもせず」、こういう生き方をされる方のことなのだろう。「流れる」が効いている。われわれは所詮漂流者。一人一人が孤独な旅人に過ぎない。下記は鴨長明の方丈記から。忘れておられる方々も多いと思うのでご参考まで。句の作者の思いも(多分)こういう事かと。
(原文)
ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。世の中にある人とすみかと、またかくのごとし。
(現代語訳)
川の流れは途絶えることはなく、しかもそこを流れる水は同じもとの水ではない。川のよどみに浮かんでいる泡は、消えたり新しくできたりと、川にそのままの状態で長くとどまっている例はない。この世に生きている人とその人たちが住む場所も、また同じようなものである。
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「フランスの風刺画より」
「今こそ三要素」と叫ぶ人がいても、おかしくない川柳界の昨今。
(*’ー’*)ノ~~゚.+:。 才 力 工 └|♪☆・゚:*:゚
茶助さま
一般に川柳は「可笑しみ」「穿ち」「軽み」の三要素から成り立ってい る文芸だといわれていますが、この頃では、その三要素に「人間味」ほかが加えられています。
「可笑しみ」については、俳諧から川柳は生まれたのであるから、持っていても不思議はないのだけれども。
その「笑い」が現代川柳から失われ つつあるのね。
川柳が生真面目になってきているわけで。
でも、しいて「笑い」は要らないと、尾藤先生も仰っていることだし。川柳は生きものなんですから、どんどん変わっていっていいのよね。
一級の風刺画のような「笑い」なら別ですが。
まず作品あっての話ですね、どの芸術分野においても。(´・ω・`)
どの句もいいですね~ 味わえますね~~
私もこのような句が作れるように今年も漸進!あるのみ。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。
加代さま
川柳塔のよい句は完司先生のブログに月一回(?)アップされています。ここに書くことで、みなさまのご活躍の一端をご紹介できればいいと思うのね。
これから時事川柳のご紹介もしますので、こちらの方もお読み下さいね~。(^o^)