(書いているうちに日付は20日に。昨日は彼岸会でお寺にお参り)
いつもは、菩提寺の近くに住んでいる姉に墓参りのことなどは頼んでいる。数日前、「彼岸会に行くの?」との電話を姉からもらって、「もちろん一緒に行く」。
高校教師を定年まで勤め上げたあと、乞われて和歌山市の「国文学の集い」の講師を10年ほど、病気で倒れるまで引き受ける。同時に大阪の南画家、直原玉青(じきはらぎょくせい)に師事、南画にも精魂を傾けていた。
春は様々の花で殊に趣きのある、鳴神阿弥陀寺の境内に立ち、父を想う。
亡くなるひと月ほど前、2月に川柳塔わかやま吟社の年間賞、葵水(きすい)賞を私が受賞したことを、病院のベッドの上でとても喜んでくれた。
戯れに父が詠んだ、最初で最後の川柳。
わらべうた葬送曲にとっておく
葬儀には、「桜貝の歌」など父が選んだわらべ歌数曲を流して、参列の皆さまにも歌っていただいた。柳友が急ぎ届けてくださった桜の一枝を、柩の上に手向ける。皆さまのあつい心で見送っていただいた。
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おはようございます。^。^
お父さんは洒落た方で居られたような・・・
素敵な川柳ですね~(素人)ですが
けいたん
ありがとうございます。父は、学校の授業にも定評があり、生徒たちにもファンが多かったようです。「国文学の集い」には、たった一度聴講に出かけましたが、清潔な、いい講義でした。
けいたんも、川柳を作ってみてね~。鈴鹿インターネット句会でお待ちしていま~す。カワモッチャンにも、また出してきてねー、とあきにゃんが言っていたとメールしといてくんないかな?