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     白を出て白に還ってゆく命                 たむらあきこ
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 春風亭風狂さんに頂いたコメントのなかに(あきこが)「求道者」(かも?)というおことばがあり、しばらく自分のなかでそのことを反芻発酵(?)させてみた。

 私とかたちは違っていても、たとえば完司先生の川柳行脚(?)も求道の旅である。句会に参加されているすべての方が求道の旅にいると言っても間違いはない(と思っている)。川柳はにんげんを探究し、にんげんの真実を穿つ文芸なのだから。(完司先生のお名前を挙げるのは申し訳ない、お許しを。)

 完司先生と私とは「求道者」としての旅のかたちが少し違うだけである(と思う)。句会に行くまで、いろいろなところに基地 (ありていに言えば喫茶店など) を設けて、作句に没頭するのがあきこ流。句会が始まるまでの貴重な数時間を、気を遣ってしゃべらなければいけない誰か(誰でも)と共有するわけにはいかない。自分を見つめる場、ことばとの格闘の場である。川柳を書く醍醐味に酔い、生き甲斐を感じるのもこの場である。生真面目な(?)そんなあたりが求道者っぽく見えるのかも。

 完司先生は豪放磊落、賑やかに懇親会で酒もおしゃべりも欠かさない。カラオケでは歌いまくる。
 そんなことは表面上のことである。もともとはシャイなかたなのである。あえて川柳の場で「求道者」らしいふるまいを見せないだけ。それだけに句も、まとめて『平成20年』1冊を読みきるまではいいのか悪いのか(?)分からなかった。「バナナしかなけりゃバナナで酒を飲む」のような、わけのわからん(?)句で煙に巻き笑わせてくださる。(ひょっとすると名句かも知れないんですが。)

 要するに、求道者らしく(?)見えても見えなくても川柳を書いている私たちは(みな)求道者。(あるいは道楽者とも言う。)

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求道者(ぐどうしゃ)としての旅…”にコメントをどうぞ

  1. 完司 on 2012年7月5日 at 9:04 PM :

    見覚えのある名前が出ていたので、ちょいとコメントを。
    「もともとはシャイなかたなのである」←、そのとおり。シャイで無口で、人見知りで…。このようなことを言うと「うそや~!」と笑われるようになった今の自分が、信じられないぐらいです。
    川柳の道、究めたいですねー。でも、寿命が足りない。酒飲みは短命なのです。特に佳人の酒飲みは。佳人薄命、酒飲み薄命です。ということなので、私は川柳道より酒道を究めようと思っています。
    あっ、それから、明日の瓦版は、すみませんが欠席です。川柳塔社には出て懇親会にも残る予定ですが、18:30分なんばOCAT発の高速バスで帰ります。土曜日には倉吉川柳会もありますので…。また、8月にはお邪魔したいと思っています。

  2. あきこ on 2012年7月5日 at 9:39 PM :

    瓦版欠席、りょーかいです。(えーん)
    あまり無理はなさらないように。(口だけ)
    8月にお待ちしておりま~す。
    焼酎お湯割りで長生きできますよ~。あと野菜たっぷりで。
    川柳道も酒道も究めてください。誰も追い越せない、手の届かない金字塔を!あきにゃんはこれから酒道(ちょっぴり)がんばります。
    これからの時代は佳人長命(だよん)。

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