確かな句を詠めない人にまず確かな選はできない。自分の句の欠点が分からない人にどうして他人の句の良し悪しの判断ができるだろうか。また句意を掴み切れない人に充分な選はできない。そんな選者に多くの佳句が没句として流されてしまっていることは想像に難くない。
困ったことに(所謂)大家であるからよい選をしているかというと、そうでもない。耳を疑うような句を採っていることもある。ここに名前を書かせていただくことはできないが、それが実情。
少し前にある句会で披講を聴いていて、驚いて目を上げたことがあった。やはりここには句も作者名も書くことはできない。ただ
………………………まだ未完
という句だったことを申し上げておく。呼名を聞いて驚いた。高名(?)な女性の柳人だったからである。お気付きのように、「未完」の「未」は「未(ま)だ」の意。「未完」はまだ完全にはでき上がっていないこと。「未」があるのだから、ここに副詞の「まだ」を重ねて付けるのはおかしい。
こういう句を平気で提出できる方がカルチャーセンターで川柳を教えておられる。 これが現状であるからうちの会長が心配するのである。例はいくらでもある。
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