
二・二六事件の叛乱軍
三島由紀夫の短編小説に『憂国』がある。原題は旧漢字の『憂國』。仲間から二・二六事件の決起に誘われなかった新婚の中尉が、叛乱軍とされた仲間を討伐せねばならなくなって懊悩し、妻と心中するというのがあらすじ。
大義に殉ずる者の至福と美が主題。割腹自殺が克明に描かれている。当時の時代背景に60年安保があり、三島の反時代的傾向を露わにした作品。
昭和11年2月28日の二・二六事件については、わたしの母方の祖母の末弟(故人)が近衛兵だったので、当時の話を聞いている。いま思えばこの時代の生き証人の一人だったのだろう。
憂国の志士、または憂国の士といわれる人々が、数は少ないがいつの世にもいる。国の将来について心配し、自らを犠牲にしても国を立て直すための行動を起こそうとする人々。とくに体制側ではない立場でそうした行動をとる人々。いまなぜこんなことを書くのかというと、前田咲二先生への弔吟に次のような句があったからである。
憂国の志士ばっさりと時事を斬る 吉田わたる
吉田氏は見るからに硬派の、礼儀正しい知性的な紳士といった佇まいの方だが、次のような短い追悼文も書いておられる。サムライはサムライを知る、ということだろうか。一面だけでは測ることのできない前田先生を理解しておられたお一人かもしれないと思うので、下に記しておく。どんな些事でもすべてが故人の資料として遺されなければならない。
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この二、三日咲二さんのことが頭から離れませんでした。かつて森の宮での句会中、また番傘本社での句会途中、咲二さんとは楽しい思い出ばかりです。ユーモアたっぷり、企画力実行力十分。瓦版の会の革新に貢献大。立派な男でした。あの世でも論評をしていることでしょう。
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