準賞 「よけいにさみしくなる」たむらあきこ
評(一位推薦) 荒川 佳洋
候補句集の中で、この句集ほど作者の方法意識が感じられるものはなかった。(わたしの断層10句)(わたしを眠らせる5句)(砂の絵になった12句)等々、発表時に仮に題をつけた、というものではなく、建築家が構造物の設計をするように一句一句が配列されている(しようと意思している)ことだった。際立っているのは、「わたしの断層10句」だろう。この連作の表題のもとに「訃のあとを漂うわたくしのさくら」「長くなる影に問われる方向性」「わたしの断層にはなびら入り込む」など、一句一句が自立しながら表題の下に統べられる姿は傑出している。
けれど、前回候補の『たむらあきこ吟行千句』もそうだが、この試みは出来不出来が多い。選考会で、「感性の爆発というより、感情過多」という厳しい指摘があったが、なるほどそうである。(いささかは遺る7句)などは、凡作。「きみはもう静けさに居る石の下」「あのひとが渡りあの世が活気づく」など、この作家は死者を追慕するときどうしようもなく通俗的、凡慮になる。「一人称が41箇所もある」という指摘もあった。たしかに、多すぎる。しかし、「わたし」に固執して「独り」をうたう作者の姿は、私小説好きな私には好感がもてた。なにより「わたし(わたくし)」には清潔な透明感すら感じられる。家庭のささやかな家計も、世界の動乱と結びついているという認識こそ川柳独自のもののはずだが、この作家はそこに川柳の存在意義をみとめないらしい。川柳作法の約束事に敢えて逆らい、新しさを追及するのも川柳だ。赤石ゆうさんの『チドメグサ』と共に、現代短詩型文学のひとつの達成であると思う。
主な掲載作品『よけいにさみしくなる』
- 滝音をひろげるたましいのなかへ
- あのひとの影を濯いでいるのです
- 訃のあとを漂うわたくしのさくら
- それからのひとりは巡礼のかたち
- 言葉ひとつ捕らえてきみを裏返す
- 風にながされ糸口が攫めない
- 調温のできぬあの日は迂回する
- 傷あともわたしもすこしずつ錆びる
- 長くなる影に問われる方向性
- わたしの断層にはなびら入り込む
- 新しい現実きみがいなくなる
- 訃のあとのひとり 独りの音といる
- きみはもう静けさに居る 石の下
- あのひとが渡りあの世が活気づく
- 残像をあつめてきみが分かりだす
- ふいに噴くものあるらしいひとりごと
- あのときの無念が繋ぎとめている
- 残り時間ないのにきみと行きちがう
- ふたつ目の答は沈黙でかえす
- 面取りをしておく怒りだとしても
- もう別れらしいことばが噛み合わぬ
- 突かれてしまうとわたくしも尖る
- 知らんぷりしとく 行間なのだから
- つかのまを雨聴く逢うてきた独り
- 約束の軽いまたねが残る耳
- 去りぎわのきみのまたねをまだ恃む
- ひとことが刺さって闇を醒めさせる
- 行き場ないこだわりをまだ飼っている
- 立ち止まりながら覚悟になってゆく
- さみしいと書いてよけいにさみしくなる
B6判ソフトカバー・96頁
新葉館出版
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