ずいぶん前のことだが、東京の川柳公論の大会で故・尾藤三柳先生にごあいさつさせていただいたことがある。わずか4回(だったか?)の川柳公論(大会)への出席だったが、先生の披講はみなが真剣に聞き入っていた。いまになって貴重な経験をさせていただいたと、なつかしくありがたく思い出す。前日大阪から夜行バスに乗っての参加だった。
今回梅崎流青先生とも、ごあいさつ程度だったが、同様に響くもののある会話だった。一部書き残して記憶にとどめたい。(写真:大会会場・太宰府天満宮余香殿)

流「“(あきこが)川柳イノチ”やな」
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流「(大会の披講で、あきこの)いい句を聞かせていただいて(もらって?)ありがとうございました」
あ「(先生のおことばが)もったいないです」
あ「九州では、先生と〇〇〇〇〇さんを見ています」
流「あ」
あ「先生の句集とかはありませんか」
あ「買わせていただきます」
流「句集は、出したらすぐに売り切れる(から無い)」
流「(あきこの)ブログは(たまに?)読んでる」
あ「ありがとうございます」
あ「へんなことを書いていたら、教えていただけますか」
あ「これから、(先生の句を)勉強させていただきます」
あ「これからも、どうぞよろしく(咲二先生に教えていただいた海軍流敬礼)」
ネット上に梅崎流青先生の句がないかと検索してみると。7年前に第10回 川柳文学賞正賞を受賞しておられるのね(現在は、選考委員)。下記は、受賞作品から。(赤字はあきこがとくによいと思う句)
『飯茶碗』
- 貧しさが良かった頃の煮凝りよ
- 副葬の本を探しているのだが
- 蟹赤く茹でてこの世に憂いあり
- 菜の花が咲いていたので降りた駅
- 身の深部冬涛どうとどうと果つ
- 体温の残るブランコみな独り
- 雪しんしん梁の重さに耐えるべし
- ろうそくの芯を伝ってくる縁
- 死刑まだ続き予鈴が低く鳴る
- 無防備な水飲む時の喉仏
- いちにちを牛になりたく草に寝る
- ならば問う葦より強い人ありや
- 一年の重さリンゴが手に重い
- 冬の斧打ち込む弛緩した街に
- 交を断つ手紙は飯粒で封ず
- 父の本燃やして暖をとっている
- われ知らぬ妻が花屋の前に立つ
- 動かねば火にも当てよう竹の蛇
- 飯茶碗人に貧しい手が二本
- 水餅の水濁らせて生きている
- 人眠るみんな卵の形して
- 干し魚の眼からぽとぽと落ちる海
- 汽車軋む貧しき村を縫えばなお
- 孤独とはわが息吐いて吸う真昼
- 男座す便器冷たいものと知れ
- 錠剤の白い清潔感こそ恐れ
- 煌々と眠らぬ街のこれも貧
- 人の世のからくり石は水に浮く
- 生涯を掛ける曲がったままの釘
- これでよかったこれでよかった棺の釘
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