Loading...Loading...

 吟行地(次回は、青島)が決まるとネット(Wikipedia)ほかで資料をあつめ予備知識をたくわえる。その土地の風土や歴史を勉強して行くことは吟行にとってたいせつなこと。だが、そうした予備知識をもとに、これから詠む句のイメージまでつくり上げてしまってはならないのね。先入観を捨て白紙でのぞむということが、創作にとってはもっともたいせつなことなのね。

 吟行地が有名であればあるほど、風土や歴史に立脚した句はすでに俳句などで数多く詠まれているので、類想句になることが多いのね。予備知識は予備知識として、その場では白紙でのぞむ方がより新しい発見↝発想に出会えるのね。結局、吟行は俳句においても川柳においても、一期一会を探すということだろう。〇〇で有名だから〇〇を詠むということではなく、とくに川柳はそこに深く〈にんげん〉をからめて詠むことがたいせつ。

 先入観に縛られてしまうとせっかくの一期一会を見落としてしまう。また、あちこち移動するだけでは、結局は表面的な句しか詠めない。吟行は観光ではないのね。簡単なガイドブックなどはあったほうがいいけれども、できればそれを持って友だちとも離れ、ひとりで吟行する方がいいのね。気遣いの要る人と一緒に吟行しても、たぶんまともに句はできない。また欲張ってあちこち移動しすぎると集中できない。ここだと感じたらその場所を動かないこと。

 吟行の経験を積むと、句の拾えそうな場所がなんとなくわかるようになる。句が未完成でも気にすることなく、見たり感じたりしたことを何でもメモしておくといいのね。できるだけ具体的に。後で推敲しているときに、そのメモからひらめくことも多いからである。あちこち移動は時間のロス、ここと決めたらほぼ動かずに詠む。こうした吟行は、なんども経験を積むことで集中力や直感力がついてくるのね。

 ひとりで吟行するときも、50句詠むまでは帰らないとか、自身に目標を課してできるだけ目標に近づけるようにする。佳句を詠もうという気持ちは捨てて、まずはひたすら多作なのね。句かずをつくれば、推敲で、あとからどうとでもなるのね。

ポストする LINEで送る ブックマーク
❤️ ひざポン
ありがとう!

気軽にポチっと
どうぞ(無記名)

コメントはこちらから

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

Post Navigation

Copyright All rights reserved. SHINYOKAN PUBLISHING illustration by Nakaoka.K