雑草とは、景観を損ねるところに生える望まれない植物のことよね。個々の人間の主観、価値観により変わり、どの種が雑草であるかの定義も人それぞれ。
種子が温度変化、湿度変化に耐え、休眠状態で死滅せずに土壌中に保存され、その後土壌表層に持ち上げられ自然に発芽し育った植物。 雑草の定義はともあれ、これらには本当に悩まされる。除草、すなわち草刈りにこれまでかなりの費用をかけてきたのね。
面白いのは、海藻を食べる文化の少ない欧米では、海藻も海の雑草(Seaweeds)と一括りにして呼び習わしているというのね。日本では、海藻については食用とするため雑草と呼ぶことはない。
除草剤が普及したのは1950年代以降だとか。人間が雑草の除去を行うのに対して、雑草側も対抗する戦略を構築するというのね。農薬への耐性がついてくるという。
川柳など文学では、転じて、重視されないがたくましい存在、悪く言えばしぶとい存在として、比喩的に用いられている。
「雑草という植物は存在しない」というのは、有名な牧野富太郎の言葉。どんな草にも名前や役割はあり、人々の都合で邪険に扱うような呼び方をすべきではない、という意味。分からないことはないけれど、やはりどうしても憎んでしまうのね。
ところで。あきこには庭の手入れをしなければならない実家があり、これをどうしようかといつも頭を悩ませているのね。父の没後20年以上にもなるのだが、書籍や絵画など、遺されたものを心情的に処分しきれないでそのままになっているのね。仏壇も悩みの一つ。また固定資産税だけではなく、電気代・水道代など維持費のこともある。歩けなくなってきたいまでは、もう解放されたいというのが偽らざる気持ち。しかし、きょうだいの意思もあり、あきこの一存ではどうにもならないのね。
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