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 「戦う」と「闘う」、どちらも「たたかう」と読む同訓異字。「戦う」は武力などを用いて争うこと、「闘う」は困難などに立ち向かってそれにうち勝とうという意味よね。

 あきこのたたかいは、この「闘う」。困難や理不尽を乗り越えようとたたかうわけね。「戦う」はあきこにとってはごく不得手、「闘う」とは句作にせよ、自身とのたたかいであることがほとんどなのね。

 「戦い」が不得手であるから、たいていのことは泣き寝入り?に終わっている。和歌山のトンデモ地銀・紀陽銀行の投資信託押し売りの件にしても、全銀協に嘘八百の答弁書を出してくる相手に対し、裁判に持ち込むまでの気力はなかった。まず、一年?はかかるかもしれないその時間が惜しいのね。証拠があっても、「やってない」という相手にはまともに立ち向かえない。そもそもネットの”OPENWORK” “転職会議”などの行員の退職(検討)理由(先ほど確認、一部削除された?)にも見える、そういう銀行なのだから。

 師・前田咲二先生は、ユーモアがあり真っすぐなお人柄だった。江田島海軍兵学校の(よい面での)教育を体現されているようなところがあった。サムライなのね。先生は「あんたのような、ふつうの川柳の上手い人に時事川柳を勉強してもらいたいんや」、なんと「後継者として、時事川柳を勉強してほしい。交通費も同人費もこちらでもつから、来てくれるだけでいい」とまでおっしゃって下さったのね。17年も前のことである。当時の私にとっては雲の上の大家のお申し出、感動して瓦版同人になることを承諾させていただいたのです。有言実行、句会では毎月自腹を切って交通費など(半分でいいと申し上げたのね)を手渡して下さった。下記は、以前のブログから。

 大滝と小滝と、二本の滝があった。その足もとに一本の●が転がっていた。大滝は小滝に「(●は)あんたにライバル心を持っとる」と言った。「●には男も女も、寄りつかん」とも。
 十年前の、小滝と三人での席で、大滝と●との会話。
「二人(●と小滝)のどちらかにおれのあとを継いでもらいたい」
「では、次期会長は、女性会長ということでっか!?」
「どちらかが(あとを)継いでくれ」
 そのあと、ことばの鏃(やじり)に毒を込め、●はたびたび小滝に嫌がらせを仕掛けた。そんな態度に当惑し、それでもいつかは変わるだろうとひそかに期待しながら、それも諦めに変わっていった。
 ●は、大声で恫喝するのだが、そのあとよく見ると手元が震えている。小心者なのだ。立場が上の者には、まず逆らわない。相手が重い病気で倒れたり、立場が逆になったとみるや、たちまち手のひらを返す。
 一生に何度も出合わないだろう蛇の姿が●の中にくっきりと見えてきたとき、小滝は大滝と〈こころ〉でつながっていたことをあらためてありがたく思った。

 つぎは、瓦版前会長前田咲二先生との栴檀木橋の上での会話。
「(読売)新聞社から、おれのあと(の選者)を二人書けというてきとんのや」
「〇〇のあとにあんたの名前を書いておくぞ」
 と、念を押された。
「先生、それはやめておいて」
 と、初めてハッキリお答えした。それまでずっとお受けしようと思ってきたのであるが。(先生は「これからは、女性(が会長)でええんや」と言われた)
 お受けするには二つほど迷うところがあった。
「読売の〝よみうり時事川柳〟の選者だけならやりたいけれど、(同時に瓦版の)会長というのが、ちょっとむずかしいのよね」
 いままでは曖昧にしていたが、初めてきちんと答えさせていただいた。
「あんたに渡すものがほかにないからなぁ」
「先生。あきこは肩書きはもういいのよ」
「自分の力でやっていくから。これから、吟行もしたいし」
 先生はしばらく沈黙された。
…‥‥‥‥‥‥………‥‥‥‥‥‥………‥‥‥‥‥‥……
 じつは現代表の「おまえが(会長を)やれ!」という恫喝があったのね。そのことに触れると、先生はあきこに「あんたも、たたかえ!」とおっしゃったのです。たたかわなかったあきこは、先生の意思に背いたということ。いまでも、申し訳なさでいっぱいになる。

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