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 前日の和歌山文化協会文芸部会に続く16日の「風日」歌会、二日続いてはちょっとキツイかなとも思ったが、身余堂横の文徳天皇陵に参拝したかったこともあり、出かけることにした。歌会でのあきこの詠草(2首)は、
点滅のあと消えかかる過去とをり振り切りたくて日記燃やせば
水平線の辺りへわれも放たれて波間に浮かぶ泡となる日よ
 両方とも1点(互選)。上の歌「をり」は「居り」。

 一つ驚いたのは、歌会に保田與重郎先生の謦咳に接したことのあるかたがあきこ以外おられないということ。そのことに、歳月と自分の年(馬齢)を思った。

 本日は、保田邸(身余堂)のすぐ隣にある文徳天皇陵を歌会の前にたずねた。いずれ吟行句としてアップする。保田邸がみささぎの片岡に建てられているということで、それだけでも意味がある。新古今和歌集の神祇歌に収める熊野権現の神託歌《思ふこと身にあまるまでなる滝のしばし淀むをなに恨むらむ》から「身余堂」とされたとか。

 ちなみに、神託歌の歌意は、
あなたの願い事はその身に余るほど成就するのに、鳴り響く滝がしばらく淀むように、ほ
んの短い間望みが滞っているのをどうして恨んでいるのであろうか。

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