気魄(きはく)とは、ひるむことなく立ち向かう強い精神力のことよね。気迫の字を用いることが多いが、「迫」は語義とは無関係とか。
もう15年ほど前のことになるが、《節約の妻の気魄に負けている》が県大会(和歌山)で前田咲二先生の秀句に採られたことがあった。先生は、大会で身内(編集同人)の句を秀句に採ることを極力避けておられたので、内容も句姿もふだんのあきことは違う句を出したのだった。「(まさかあきこの句とは)分からんかった」と驚いておられた。
いまあきこはその気魄(気迫)が少々欠けた状態にある。理由は、分かっている。昨年9月2日に畏友(小堀邦夫氏)が亡くなられたことが大きいのね。今月9日にお墓参りをしてきたが、喪失感のようなものがあり、そのあたりの句は(いまは)詠めていない。「気魄に欠ける」とは、いまのこういう状態をいうのだろう。やはり川柳がいつかその気魄を戻してくれるとは思っているのだが。
昨年3月27日に桜満開の伊勢市の霊園・やすらぎ公園にある小堀家の墓まで車で連れていっていただき、それが最後になった。たぶん今年の3月も、来年の3月も、お墓参りをさせていただくことになるだろう。脊柱管狭窄症なので、なんとか歩けるうちのことだとは思うが。
畏友は、生前Wikipediaほか辞典に名前が載るほどの仕事をされた。神職として浄階・特級という最高位のかたでもある。これからは畏友が遺された仕事(書籍)を、理解が及ぶかどうかはさておき、紐解いていくことになるだろう。気魄は戻るだろうか。
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