9日は鴨川吟行。川を詠むのに、動植物の名を知らないではどうにもならない。もちろん、川柳なので自然諷詠というわけではない。鴨川にまつわる歴史的なことも調べている。それらの資料を下敷きにしたうえでの吟行となる。さて、どう歩くか。
鴨川は、古くから刑場としても利用されていた。平安時代には、関東で反乱を起こした平将門の首がさらしものにされたとされている。鴨川沿いには、多くの処刑が行われた三条河原や六条河原がある。ここでは、生首がさらされていた。歴史上の著名人も数多くこの場で最期を迎えたり、さらし首になっている。
処刑された遺体は、江戸時代には川に流す方法が一般的だった。また、処刑された遺体を埋める場所も存在した。例えば、三条河原には、処刑された人々の遺体を埋めた「さらし塚」がある。遺体の始末方法は時代によって異なった。
三条河原から六条河原までが平安時代から江戸時代までの処刑場で、多くの人々がここで処刑され、生首がさらされていた。石田三成や石川五右衛門もこの場で処刑された。豊臣秀次の妻子39人もこの場で処刑されたとされている。
鴨川は、京都市北西部の桟敷ヶ岳を源流とし、雲ヶ畑を経て、鞍馬川を加えた後、上賀茂付近で京都盆地に流れ出る。その後、出町付近で、京都市の北東から大原、八瀬を流れ下ってきた高野川と合流し、さらに四条大橋上流で白川を加えた後、京都市の中心部を貫流しながら南西方向に流れを変え、下鳥羽付近で桂川に注ぐ。
豊臣秀吉が治水事業を行った当時の鴨川は、現在よりもはるかに広い川幅を持っていた。平安時代からこの一帯は荒涼たる川原で、中央に木々の茂った堅固な島(中州)があり、その島には法城寺があった。現在の宮川筋と呼ばれる通りに祇園祭の神輿洗いで使用された宮川が流れていたらしく、宮川に架かる橋が島をつないでいるわけだから、現在の松原橋児童公園の北あたり一帯だと思われる。
鴨川周辺には、タニウツギ、エゴノキ、モチツツジ、ヤマツツジ、ムラサキシキブなどの植物が生息している。
11月初旬に鴨川で観察される鳥は、アオサギ、イソシギ、イソヒヨドリ、ウズラシギ、エナガ、オオバン、オナガガモ、カイツブリ、カルガモ、カワアイサ、カワウ、カワセミ、カワラヒワ、キセキレイ、キンクロハジロ、ゴイサギ幼鳥、コガモ、コゲラ、コサギ、イカルチドリ、シジュウカラ、ジョウビタキ、スズメ、セグロセキレイ、ダイサギ、ツグミ、ドバト、トビ、ハクセキレイ、ハシブトカラス、ハシボソカラス、ヒドリガモ、ヒヨドリ、マガモ、ムクドリ、メジロ、モズ、ユリカモメなどが挙げられる。
魚類については、アユ、オイカワ、ヨシノボリなど約30種類が確認されている。 また、鴨川には、アカザ、アブラボテ、カゲロウ、カワヒガイ、コオナガミズスマシ、シロヒレタビラ、ズナガニゴイ、タイリクバラタナゴ、ヌマエビ、モクズガニなどの生物も生息している。
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