Loading...Loading...
 墓をもうけるのは人類共通というわけではないようなのね。2017年12月に前田先生のご供養(のつもり)で行ったインドはヒンドゥー教だが、火葬後の遺灰と遺骨をガンジス川にそのまま流していた。あちらは、墓はもうけないようなのね。
 日本では葬送が簡略化される傾向が顕著で、家族葬がほぼ主流のようになってきた。墓を持たず、火葬後の散骨(さんこつ)を望む人も増えているらしいのね。
 散骨とは、一般には、火葬後の焼骨を粉末状にした後、海や山などにそのまま撒く葬送方法をいうのね。この方法はいつごろから行われていたのだろうか。古くは、万葉集にも散骨に関するうたが残されているらしいのね。日本では人が亡くなったら墓に埋葬するのが一般的と考えられているが、それが定着したのは江戸時代。キリシタン排除の目的で檀家制度が推し進められたことが要因といわれているのね。
 永代供養をうたう納骨堂が都心部に相次いで建設されるなど、弔い方が多様化する中、散骨や、桜など木の近くに遺骨を埋める樹木葬が注目を集めている。
 島根県の隠岐諸島に「散骨島」と呼ばれる小さな無人島があるのね。大山隠岐国立公園内にあるカズラ島(海士町)。じつは、吟行の下調べとして隠岐の島のあれこれをネットで検索中、偶然見つけたのね。
 散骨が故人の意思だとすれば、冷たい石の下にいるより美しい大自然に還りたいという気持ちが分かるのね。散骨は墓を維持する必要がないので、遺族も自由に自分の人生を生きることができる。日本人は家制度のもとで束縛されてきたが、いまもそれは尾を引いている。少子化のいま祭祀承継はむずかしい問題だが、これからは墓をもたないという選択肢もあっていいと思うのである。人間の幸福とは、何だろうか。
ポストする LINEで送る ブックマーク
❤️ ひざポン
ありがとう!

気軽にポチっと
どうぞ(無記名)

コメントはこちらから

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

Post Navigation

Copyright All rights reserved. SHINYOKAN PUBLISHING illustration by Nakaoka.K