ダンディといえば、そういう人にいままであまり出会ったことがない。ダンディとみえて数回話しているうちにガッカリした人はいる。お洒落をしていても中身のない男は見かけだけのダンディ、本物のダンディとはかけ離れている。
ダンディとは、身なりや巧みな言葉づかい、余裕ある趣味・教養といったものをとくに重視しながら、あくまで無頓着を装ってそれらを追求し、自らに陶酔する精神を指すのだとか。とりわけ18世紀後半から19世紀前半にかけての英国で自発的に生じ、中産階級の出自にかかわらず貴族のライフスタイルを模倣しようと励んだのだとか。
精選版 日本国語辞典の解説(一部)によると、
…‥‥‥‥‥‥………‥‥‥‥‥‥………‥‥‥‥‥‥……
ダンディ〘名〙 (dandyism, dandysm) ① 男のおしゃれ、またはおしゃれ精神。一九世紀初頭、イギリスの青年紳士の間に流行した伊達(だて)好みの気風。その影響はフランスに及び、さらにはバイロン、ミュッセ、ボードレールらの文学的反俗物主義にまで発展した。② 一般に、知識、教養や格調、洗練を求めた気取りをいう。
…‥‥‥‥‥‥………‥‥‥‥‥‥………‥‥‥‥‥‥……
男性の、一分の隙もない身だしなみとか、伊達好みの気風や美意識はいまも雑誌の表紙などで散見、その影響はじゅうぶんに残っている。ダンディズムの実践者はダンディというが、これを感じさせてくださったのが前田咲二先生なのね。
前田先生の卒業された海軍兵学校は、明治から太平洋戦争終戦まで存続した海軍将校の養成を目的とした教育機関なのね。海軍は士官ばかりでなく水兵にも高度の教育を要求し、その教育には大きく力を入れた。入校は東大に入るよりも難しかったというのね。下記は、ネットから拾ったいちエピソード。
…‥‥‥‥‥‥………‥‥‥‥‥‥………‥‥‥‥‥‥……
経済学者の小泉信三(1888-1966)は、海軍主計中尉として築地の海軍経理学校に入った息子の信吉と雑談をした。制服の海軍士官は、雨の日でも傘をさすことを許されていない。信三は「もし外出中に俄雨にあったらどうするのか」と訊ねた。信吉中尉が海軍で教えられたのは、「ゆっくり濡れて来い」。信三も「うんそうか。そいつはいい」と感心した。海軍は英国流のダンディズムの作法がなかなかいきとどいていて立派だった。海軍で出世するには、成績優秀で海軍兵学校を卒業しなければならなかった。戦前、成績優秀な若者の憧れが海軍であり、その中の少数のエリートが指揮官となった。
…‥‥‥‥‥‥………‥‥‥‥‥‥………‥‥‥‥‥‥……
上記のような海軍兵学校仕込みのダンディズムが身についておられた、さいごの卒業生(第75期)が前田先生だったのね。つぎは、瓦版誌の先生への弔吟から。
咲くやこの花前田咲二というロマン 赤松ますみ
酔わせ上手ハグの上手なダンディズム 美馬りゅうこ
いつまでも聞きたかった洒脱なシャレ みぎわはな
続きは次回
Loading...













































