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 心の中では、正直、いつ短歌に戻ろうかという葛藤があった。川柳に迷い込んだ、という気持ちがいつまでも残っているのである。両方するには、如何せん時間がない。

 父が亡くなったのは平成16年(2004年)3月23日。翌年の水墨画の遺作展の準備ほか、あとの処理でその年は暮れたのね。平成17年3月23日から遺作展、同年終わり頃川柳マガジンクラブ大阪句会(代表:たにひらこころ氏)に出かけるようになったのね。そこから県外への川柳行脚が始まった。

 いろいろな句会を行脚するうちに、平成19年(2007年)8月、初出席の大阪の展望句会で、“東の横綱”として著名な前田咲二先生から同郷ということでお声をかけていただいたのね。しばらくして「後継者として来てくれ。交通費も同人費ももつから、来てくれるだけでいい」との熱心なお誘いで、思ってもみなかった時事川柳専門結社の瓦版同人になることになったのね。

 「編集人を決めるのを早まった」とおっしゃった。当時の編集人(現代表)の前衛的な句風を案じておられたのね。瓦版句会の発展を第一に考えておられる先生だったので、現代表の句(「よみうり時事川柳」に出句してきていたのね。)が新聞社に受け入れられず、一応編集人ということで先生が入選としても、ほとんど突き返されていることを案じておられた。

続きは次回

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(つづき)川柳の何を伝えるか”にコメントをどうぞ

  1. 昌紀 on 2021年3月20日 at 4:18 AM :

     ブログ、ある程度の量になってきたので、松岡さんと相談して、お洒落なタイトルを付けて出版しはったら。切り口がユニークやから、川柳愛好家以外の人にも読んで貰わんと。

  2. たむら あきこ on 2021年3月20日 at 8:35 AM :

    昌紀さま
    出版の予定は、まず『たむらあきこ吟行千句』が今年。
    昨日さいごの推敲が終わったところ。
    『前田咲二千句』が来年。
    順番があるのね。
    とくに、先生の句集はきちんと出しておかないと、『前田咲二の川柳と独白』だけでは後世に遺すには句数が足りなさすぎる。
    あきこも、いつこの世を去るか分からないので、笑。
    『たむらあきこ短句千句』、先生への言い訳(笑)に『たむらあきこ時事川柳千句』。
    『たむらあきこの川柳入門』。
    そのあとよね。エッセイを書くとすれば。

    出版費用のこともあるし。
    いろいろと、戦です。
    「あんたも、たたかえ」と、栴檀木橋のうえで先生がおっしゃった。
    人とたたかうのは苦手ですが、川柳のことはしっかりたたかってから死にたい。

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