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 わたしにはとくに音楽の才能はないと思っているが、ちょっぴり自慢?できるのは筝曲で、生田流宮城派の皆伝を(3年で)取っていること。あと三弦を少し。一弦琴を少し。ピアノを少し。楽器はそのくらいのことで終わった。

 家系的にいえば、母方の曾祖母の姉妹が琵琶の宮家御前演奏をしたのだとか。同じく母方の祖父が尺八。その他はとくに聞いていない。音楽の才能は息子の方にある。経済的なこともあり中三までで断念したのだが、母親のわたしの方がいまも口惜しく思っているのね。

 コロナ禍ということで自宅でユーチューブを見ることが多くなり、たまたま「渡辺茂夫」に行き当たったのね。7歳の演奏を聴いてびっくり。これはもう天賦の才というしかないと。
  
 アメリカ留学といい、世界的指揮者による交響楽団をパートナーとしての公演を7歳で成功させている茂夫はもはやソリストとして確固たる地位を確立していたのだから、技術を磨く留学より、アメリカでの公演でよかったはず。

 1958年1月16日、ノースウェスト航空機で羽田に渡辺茂夫は戻ったが、もはやものも言わず動けない、反応もなかったと。あまりに早く才能が突出するのも、こういう結果を見ればかならずしもよいとは思えない。季彦のあまりの天才教育の特訓が、結果としてこのような結末を招いたのかもしれないと。

 渡辺茂夫は1999年8月15日に亡くなった。享年58歳。

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