時事川柳を詠むときの心得のようなことを、かつて前田先生に教わったことがある。ひとことで言うと、日々移り変わる身辺や社会のいろいろな事象を客観的にとらえ、いちど自分の中に取り込んだあと、考えや思いをからめて自分(だけ)のことばで(句として)吐きだすのだと。
句を詠むときは事象へのとらわれた一面的な思考を脱却、多面的にとらえることが必要。たとえば、新聞を読む姿勢についていえば、おなじ事象に対しての記事は数紙を読み比べてみること。それぞれの事象への理解について疑ってみることもたいせつ。
情報に振り回されない視点とはどのようにすれば身につけられるのだろう。前述のように、たとえば、手に取った本や新聞で筆者の考える道筋を追体験、時には批判する中で身につけていくことができるかもしれない。もちろん一面のことだけにとらわれないためには、それを相対化する視点をもたなければならない。いろいろな方向にアンテナを向けて考えてみることである。
川柳も、自分で考えたつもりでも、近い考えや思いをもつ誰かの句との同想に留まっていることが多いのではないか。ありきたりの常識等に呑み込まれないための複眼(的)思考を身につけることが、川柳人にとって必要不可欠なのである。
ふだんから本や新聞も筆者の言い分を鵜呑みにしない批判的な眼で読み、簡単に納得しないことだろう。それが、とくに時事川柳を詠むときに望まれることである。われわれ川柳人は、ものごとの本質をさぐるアンテナをつねに複数立てていなければならない。
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※21日零時55分、売上ランキング10位。ランクインは一か月以上続いていますが、少々息切れかも。
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