コロナ禍という思ってもみなかった状況の中で、この一年しんぶん赤旗「読者の文芸」川柳欄に寄せられたたくさんの句と向き合ってきた。紙面の制約上、採れる句に限りがあり、よい句も予備句とするしかなく残念なこともあった。来年さらによい句を詠まれ、当文芸欄に寄せていただくことを願っております。
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2020年のしんぶん赤旗「読者の文芸」、たむらあきこ選の秀句24句と句評
雪下ろし屋根にドリンク放り上げ 秋田市 柴山 芳隆 〈評〉雪国の家族の大変な中にもほほえま しい情景が見えてくる。「放り上げ」たの が「ドリンク」と生活を活写。上下への動きが詠み込まれていて、それもよい。(1月14日掲載)
慟哭の城に寄り添うウチナーンチュ 京都府 藤田 昌子
〈評〉「ウチナーンチュ」は沖縄の言葉で、「沖縄人」のこと。焼失した首里城を「慟哭の城」として、「寄り添う」に沖縄の人々の深い喪失感を詠み込む。(1月28日掲載)
文楽も歌舞伎もしらず日本人 兵庫県 富岡 道子
〈評〉海外に行くとよく日本の文化について尋ねられる。文楽や歌舞伎、これらの芸能は世界無形文化遺産にも登録されているのに、日本人の多くはあまり深くは知らない。それでよいのかと。(2月11日掲載)
「冷えますね」空(から)の財布のひとりごと 東京都 平 宗星
〈評〉空の財布に語らせている。擬人法。給料日前なのか、作者には持ち合わせの金銭がないようだ。真冬の寒さに加えてふところの寒さ。(2月25日掲載)
青空のバリアフリーへ伸びをする 秋田県 柴山 芳隆
〈評〉青空をバリアフリーとしたところがよい。いろいろあっても、春。頑張って生きていこうと。(3月10日掲載)
ささやかな兵糧背負い妻帰宅 さいたま市 出町 正俊
〈評〉新型コロナウイルスへの恐怖が世界を覆っている。不要不急の外出を控えてのまとめ買いだろう。「兵糧」で状況を戦時にたとえている。(3月24日掲載)
なんとなくしょぼんとしてる豪華船 千葉県 田尾 八女
〈評〉クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」内で新型コロナウイルスに集団感染。船旅にこんなリスクがあったとは。豪華船も心もち元気がないように見える。(4月8日掲載)
ニューファッション色柄あまた布マスク 長野県 翠 みち子
〈評〉もちろんコロナ禍に笑ってなどいられない。しかし、そういう状況だからこそ前を向かないといけない。その意味であえて軽い句を採らせていただいた。(4月22日掲載)
3密にどうしてもなるウサギ小屋 神奈川県 桑山 俊昭
〈評〉我々の住宅事情からすると、家庭で3密を避けることはむずかしい。新型コロナはいつ終息するのか。ウサギ小屋の暗喩、庶民のどうしようもない現実。(5月6日掲載)
ウイルスの方も自粛をしてほしい 神奈川県 桑山 俊昭
〈評〉新型コロナウイルス、もし地震などが重なれば避難所で感染爆発を起こす可能性もある。ウイルスへの自粛要請だが、さて聞き入れてくれるかどうか。(5月20日掲載)
人の目が監視カメラになっている 川崎市 和泉まさ江
〈評〉新型コロナの感染拡大防止のため、飲食店などに時短営業の要請がされているが、貼り紙などで営業自粛を強要する「自粛警察」と呼ばれる人たちが増えているとか。(6月2日掲載)
コロナ後に手つなぐ世界期待する 堺市 堀西 和子
〈評〉歴史上人類はたびたびパンデミックに襲われ、多くの命が失われてきた。一方、災厄は人々の考え方や行動様式を変えるきっかけになった。今回も世の中の変革や進歩につなげたい。(6月17日掲載)
ウイルスに暮らしが支配されている 堺市 大和 峯二
〈評〉終息にはまだ時間がかかりそうな新型コロナ。作者も、3密の回避や新しい生活様式の奨めなどの提言に従っているのだろう。(6月30日掲載)
ゴミ出しもしてこそもの言える自粛 横浜市 石渡 貴久
〈評〉外出自粛が求められ、家にいることで煮詰まってくる。そこにちょっとした心遣いがあるといさかいも回避。(7月14日掲載)
喧嘩しても同行二人ボクと妻 福岡県 中 康介
〈評〉四国巡礼の遍路などが被る笠に書きつける「同行二人」。弘法大師と常にともにあるという意。夫婦もそのようにありたいもの。(7月28日掲載)
神様も明日のことは分からない 東京都 佐藤 仲由
〈評〉新型コロナウイルスが世界を震撼させている。自分たちの身にまさかこういう災厄が降りかかるとは誰が思っただろうか。(8月11日掲載)
母の眼で幼い頃の日記読む 神戸市 宇城 明子
〈評〉母となったいま、幼い頃の日記を読むと、遠い日の自分をいつしか「母の眼」で見ていることに気付いたという。(8月25日掲載)
核兵器空はこんなに青いのに 福島県 佐藤 隆貴
〈評〉「核兵器はなくなったほうがいい」というアメリカの若者が多数。戦争を前提にした国家体制が国際的には存続しているが、これを変えていくことが課題。(9月8日掲載)
まだ泣ける闘争心は失せてない 秋田県 柴山 芳隆
〈評〉「泣ける」のは悔しいからだろう。妥協せずに困難をはねのけてゆく闘争心。壁を突き崩すまでやり遂げてみせるという闘志。(9月22日掲載)
夜の黙ぎょうさんいてるちちろ虫 京都市 森光カナエ
〈評〉「ぎょうさん」が生きている。「黙」は「しじま」。俳句と川柳の境界があいまいになってきたといわれているが。この句、夜の黙のなかで鳴きしきる虫の声まで聞こえる。(10月6日掲載)
秋空の邪心のような雨が降る 秋田県 柴山 芳隆
〈評〉吸い込まれるように澄んだ秋空。その空になんと邪心があるという。晴天が一転曇り、しとしとと秋雨になった。秋空に裏切られたような気持ちになったのか。(10月20日掲載)
空気水自由いのちの必需品 岐阜県 宮地 純二
〈評〉理屈を言えばいのちの必需品は他にもある。この句は、その中に「自由」を入れたことが要。香港の痛みは、いのちの痛み。(11月3日掲載)
再稼働いのちの叫びぬりつぶし 仙台市 田圃 道
〈評〉再稼働に危惧を抱く国民が多数。原発には危険性、コスト、環境負荷、さらに廃棄物処理ができないという問題がある。(11月17日掲載)
アナログでいいゆっくりと年重ね 堺市 大田 孝夫
〈評〉「私はアナログ人間なので」とは、ちょっと時代遅れといった自虐的な表現。自身の「アナログ」に開き直っている自己肯定の句。(12月1日掲載)
核のゴミ10万年の先送り 岩手県 佐々木弥五平
〈評〉「トイレなきマンション」といわれた日本の原発。使用済み核燃料の処分先が決まらないから。核のゴミは、約10万年ものあいだ人が近づけないレベルの放射線を出し続けるという。(12月15日掲載)
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