12月15日の「閉じる」の選で、すこし寂しいですが、「たむらあきこ選」は終わりです。あちこちの句(大)会にはこれからも出かけますので、みなさまにお目にかかることもあるでしょう。目が悪いので、気が付かれたらお声をおかけ下さい。最後のお題「閉じる」には、みなさまの渾身の句をいただけるよう、〆切まであと2週間ありますが、お願い申し上げます。
https://www.suzusen.sakura.ne.jp/kukai.htm (鈴鹿インターネット句会 左をクリックして下さい)
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「伝統」も「革新」もなく、よいものはよい、という考えのもと、句を深く鑑賞させていただくのが「たむらあきこ流」。句がどれだけ心に届くかが(それだけというわけではありませんが)、選の基準と考えていただいてよいと思います。
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「川柳をつまらないものにしてはならない」、これは川柳瓦版の会会長前田咲二の言葉ですが、おなじ気持で、川柳の文芸としての位置(地位)を高めたいというのが私の考えです。そのためには、句(大)会を主催する側がよりよい選者を選ぶということがますます大切になってまいります。インターネット句会への参加をきっかけに、あとに続く若いかたがたが少しでも増えるようにと、心から祈っています。
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『思惟の切れ端をきわめてゆく途中』
“男と女の違い”
家というものから女は「夢」を連想し、男は「ローン」を連想する。
子どもの場合ー 女にとって子供は「所有物」、男にとっての子供は、「他人の最も近い存在」。
男が女性を見るとき「全体像」を観察し、女が男性を見るとき「細部(一部)」を観察する。
これは、ある日の姉さんへの反論です。
りょーみさすけさま
生物学的に見れば、いろいろとやはり差異はあるんだと思います。
早くからダンナがおりませんので、仕事も子育てもほぼ1人でしなければならない状況、その間にかなり男の部分が膨らんできたのかもしれません。
小さなマンションの「ローン」を返し(仕事が順調だったので、なんとか返せてよかったです)、子供は「所有物」ではありません。
状況で人間は変わる、変わらざるを得ないという(不本意な)例なのかも。
上記の男と女の比較は、最近流行のランキングから拾った一位のもので、人それぞれに環境等の違いによって、考え方や連想は様々です。ただ、高得点で言えることは、女は「現実的(近くを見る)」、男は「空想的(遠くを見る)」という結果がでているということです。┬┴┬┴┤_・)ジ~
りょーみさすけさま
はい。現実的でもあり、空想的でもあります。(川柳にこれだけどっぷりなんですから)
結局は自分が択んだ生き方ということで、満足するしかない。でもね、自分らしく生きていられて、何より自由なのが幸せです。あと、息子がよい人を見つけて結婚してくれたら安心して死ねそう。(と、言いながら100歳まで生きちゃいそう?)